高橋さん。そう。高橋さんね。
潰れた会社の最後に1人で掃除をして、使っていた事務所に礼儀を尽くせる男。感心ね。貴方、再就職先は何処に決まったの?優子は俺の前のデスクに腰掛けて聞いて来た。
いきなり閉鎖した事務所に上がり込んで不躾な質問をしてくる派手な中年女性に腹が立ったが職業柄、俺の口から出た答えは極めて穏やかなものだった。お恥ずかしいですが未だ決まっておりません。
あら、そうなの。何か特別に希望している職種とかあるのかしら?
優子は縁に綺麗な細工が施された眼鏡を外しながら俺に尋ねた。
とんでもない。もうこの歳です。パソコンが得意なわけでも、何か特別な資格があるわけでも無いので。雇って頂けるところが有れば何処でもと思っていますがなかなか難しいです。と答えた。
優子はシンプルだがいかにも仕立てが良さそうな革製のハンドバッグから小さなカードケースを取り出し、明日朝10時に訪ねて来なさいと名刺を寄越した。
佐伯企画 代表取締役佐伯優子とある。
住所は一等地のオフィス街だ。
俺が名刺を見ながら戸惑っていると優子は興味が有れば。無ければ捨てて頂戴。と言って眼鏡を掛け、お疲れ様と言って事務所から出て行った。
俺は名刺を持って彼女の自信に溢れた後姿を見送った。
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