俺は佐伯が出て行った後、佐伯が俺に言ったことを思い出しながら考え込んでしまった。俺は今日、佐伯が来るまでは茅野に自分の既婚者である立場を説明し理解して貰い、昨夜のことは昨夜の事としてお互いに胸にしまい良好な仕事仲間としてやっていきましょう等と都合の良いことを茅野に言うつもりであった。
俺はすっかり混乱していた。とにかく家に帰ろう。俺はそう自分に言い聞かせてショールームを出て営業車に乗り込んだ。
俺がエンジンをかけて、静か過ぎる車内の空気を変えようとカーラジオのスイッチを入れた時に助手席の窓をコンコンと叩く音がした。
助手席側の窓からこちらを覗き込む茅野の愛らしい顔。
俺が助手席ドアのロックを解除すると茅野が冷気とともに雪崩れ込む様に車内に入り、お疲れ様と俺に抱きついて来た。
茅野は寒かったー。高橋さんあったかいとすり寄る。
ほっぺが凍っちゃったと俺の頬に冷えた柔らかい頬を押し付けてくる。鼻が凍って取れちゃいそうと俺のマスクをずらし、鼻を俺の唇に押し当てたあとキスしてきた。
やはり愛おしい。茅野の仕草、佇まい、話声全てが愛おしい。
俺は感情が抑え切れず茅野に激しくキスをした。茅野が身体を預けてくる。俺はその身体をしっかりと受け止めた。茅野はキスをしながら何度も愛してると囁いた。
俺は結局、その後茅野を送り、茅野の部屋に上がって茅野を抱いた。
茅野は昨日よりも大胆に乱れた。
そして、昨夜と同じく3時を過ぎると今夜は逆に高橋さんシンデレラタイム終了。帰らないとねと言って俺の帰り支度を整えてくれるのだった。
俺は車に乗り込み、昨夜は涙ぐんで帰りを引き留めた娘が、もう、たった1日で俺の立場を理解し、引き留めるどころか笑顔で送り出す変化を見せた茅野に娘から女への成長、変貌を感じ、佐伯の言った意味を微かに理解した気がしていた。
俺は翌朝、場内での仕事の段取りを確認する為、また早くショールームに来た。佐伯はやはり今日も誰よりも早くショールームに出勤していた。
俺は佐伯におはようございますと挨拶をする。
佐伯は俺に笑顔で挨拶を返して、高橋さん今朝は良い顔してると言った。
俺は腫れも治りました。ご迷惑をお掛けした分今日から場内の仕事を一生懸命勤めさせて頂きますと頭を下げた。
佐伯は、気合い入ってるわね。良い感じよ。可愛い若い彼女も出来たし、男として乗ってる感じね。悪くないわ頑張ってと言って俺の背中をポンと叩いた。
俺は彼女って訳じゃ無いです。そんな…と言いかけると佐伯は良いのよ。昨夜、貴方のこと茅野待ってたでしょう。駐車場から車出すときチラッと姿が見えたのよ。若いっていいわね。いつ出てくるか分からない相手を寒空の下で待てる。私にはもうそんなパワー無いなぁ。茅野を見習わなきゃと言って笑ったあと、今日もよろしくと言ってシトロエンに乗り込み駐車場を出て行った。
佐伯には敵わない。全てお見通しだ。
俺は場内の進行表を鞄から取り出してショールーム内の点検を始めた。
俺がひと通り点検を終える頃、茅野のおはようございますの明るい声がショールームに響いた。茅野は俺に近付いておはようございますと頭をペコリと下げたあと、高橋さんだけですか?もう誰か来てます?と尋ねてくる。
俺がいやまだ誰も来ていないと答えると茅野は俺の手を引き柱の影へ連れて行く。柱の影へ回ると茅野は俺に抱きついて、愛してるとキスをした。
俺は、問題は確かにあるが今はこれで良い。これが良いと上機嫌で自分の持ち場に歩いていく茅野の後ろ姿を見て自身を納得させた。
※元投稿はこちら >>