俺がアイスの袋を顔に押し付けながら、ショールームの駐車場に車を乗り入れると佐伯の黒のシトロエンが駐車場に既に止まっていた。
俺は溜息をついて車から降りて入り口のポスターの位置を直している佐伯に駆け寄った。おはようございます。佐伯に挨拶をする。
佐伯は、おはようと返してから俺の顔の腫れに気付き、どうしたの?その顔と尋ねて来た。
俺は仕方なく、昨夜の出来事を話した。意外な事に話を聞き終えると佐伯は笑いだした。それは災難だったわね。大丈夫なの?と聞いて来た。
俺は大事な日にこんな腫れ上がった顔ではお客様の前に出るわけにいかず業務に支障をきたしてしまう事を佐伯に詫びた。
そうね。確かにその顔じゃ人前に出せないわね。良いわ。場内の業務は茅野と変わって。高橋さんは今日、茅野がやる予定だった業務を彼女と変わって頂戴。俺は佐伯に深々と頭を下げて今一度詫びた。
暫くすると茅野がショールームに入って来た。俺の姿を見つけるなり走り寄り、昨夜は本当にごめんなさい。と言ってくる。その声を聞きつけた佐伯がショールーム内に入って来た。茅野は社長おはようございますと挨拶した。
茅野さん昨夜の事は今、高橋さんから聞いたわ。だから言ってるじゃない。あんな男止めときなさい。貴方はあんな程度の低いのじゃ勿体ない。
茅野はしおらしく、はい。と答えた。今高橋さんには指示したけど
今日この顔でお客様の前には出せないから貴方が今日一日高橋さんの代わりを勤めて頂戴。茅野は承知しました。申し訳ありませんと言った。
佐伯が出て行くと客用のベンチに座った俺の前に茅野は立ち、俺の顔に優しく触れた。本当にごめんなさい。こんなに腫れて。痛いですよね。酷い。本当にごめんなさいと涙ぐんだ。
俺は大丈夫だよ。茅野さん。それより今日上手くやりましょうと落ち込みが激しい茅野に声を掛けた。茅野さん大丈夫?と尋ねると茅野は黙ってかぶりを振る。大粒の涙が溢れ落ちる。俺は立ち上がり、ひ茅野の肩を掴んで茅野さんしっかりしましょう。今日この日の為に僕らやって来たんじゃないですか。涙拭いて。気分変えて頑張りましょう。と声を掛けた。
茅野は頷き、涙を拭い、はい。頑張ります。と答えた。暫くすると社員や業者達が集まり始め俺も茅野も仕事に追われた。
途中、レセプションで司会のマイクの音が小さくなるというトラブル以外は完璧に初日を終了させた。
全てを終えて佐伯が今日はお疲れ様。明日もよろしくとクライアントとショールームを出て行くと俺は1日の疲れがどっと出て、客用のベンチに腰をかけてふぅと息を吐いた。
お疲れ様です。茅野が缶コーヒーを持って入って来た。
茅野はお疲れ様でしたと改めて俺に言うと缶コーヒーを手渡して来た。私、なんて言って高橋さんにお詫びすれば良いかと今にも泣き出しそうな瞳で言う。いただきますと言って俺は缶コーヒーをひと口飲んで答える。
今日なんとか上手く乗り切れて、先ずは良かったじゃないですか。
茅野は俺の腫れた頬に手を伸ばして、まだ全然腫れてる。ごめんなさい。と小さな声で呟く。俺は話題を変えようと彼氏はどうしてる?誤解は解けたの?と尋ねた。
茅野は俺を見つめ返し、彼には今朝出て行って貰いました。もともと最近別れ話も出ていたし。荷物はまた改めて取りに来ることになりましたが、今朝荷物を持って出て行きましたと答えた。
俺は驚いて、そうなの?と聞き返してしまった。
茅野は良いんです。あんな暴力を振るう人間だとは思わなかった。酷いですよね。家に戻ってからもリモコンを投げたり、お皿を割ったり。私に手を上げる迄は無かったけどクッションを投げつけたり怖かった。
ここ、掴まれて引っ張られて。とブラウスの袖を捲ると肘の辺りが紫色に内出血を起こしている。
俺は思わず大丈夫かと茅野の腕を取った。茅野は高橋さんに比べたら全然大丈夫ですと呟いて俺の頬を慰るように右手でそっと包んだ。
茅野は俺を見つめて本当にごめんなさい。昨夜は心配で眠れなかったと小さな声で呟き俯く。俺は心配掛けて悪かった。大丈夫だったよと茅野の頭を撫でた。
茅野が俺を見上げてくる。俺は茅野にそっと口づけした。
茅野が見つめ返してくる俺たちはどちらともなく、抱きしめ合い熱いキスを繰り返した。
その夜、茅野を送ると彼女は来てと俺を部屋に招き入れ俺たちは結ばれた。
※元投稿はこちら >>