レストランからのマンションまでの道のりでは、二人は異常なくらい饒舌でした。
何も話していない時間が恥ずかしくて、頭に浮かんでくることを見透かされたくなくて、ついついマシンガントークになってしまいます。
気がつくと菜穂さんもさっきの3倍くらい饒舌で、中身がないことばかり口に出します。
二人は途中のコンビニでワイン、日本酒、そしておつまみをおおめに買い込みました。
コンビニ2つ隣が私の住むマンションです。二人はマンションに向かって歩き出しました。
「綺麗なマンションですね」
「築10年です。1LDKだから一人だと余裕があります。単身赴任の場合家賃は管理費以外会社持ちなのですけど、会社負担の上限に自分で少し足して良いマンションにしました」
本当にどうでも良いことが口から飛び出します。
「どのお部屋ですか?」
「506号室です」
「わかりました。先に行っていてください」
そういうと、菜穂さんはマンションの前で立ち止まりました。
「どうかしました?」
「先にちょっと部屋の中に片付けたいものとか、おありじゃないかと思って」
菜穂さんはなんて気の利く女性なんだろうと私は思いました。
「いえ、見られて困るものなんてないので、大丈夫です」
「えーと、私も家族に電話しておきたいので」
私の方が鈍感なだけかもしれません。
「それは気の利かないことで、すみません。では、電話が終わったら前室のパネルで506を押してください」
菜穂さんは片手でOKマークを作ってきびすを返し、私に背を向けてスマホ操作し始めました。
その姿を見てから私はマンションに入り、エレベーターで5Fへ行き、自室に向かいました。
私は自室に入るとすぐにトイレを済ませ、脱衣場に脱ぎ捨ててある服を洗濯機につっこみ、大慌てで寝室の枕カバーを交換し、クイックルワイパーでフローリングを超高速で綺麗にしました。
それだけ短時間でやったで、息が上がっていました。
タオルであふれ出す汗を拭きながら、もうそろそろインターホンが鳴るだろうと構えてみたけれど、鳴りません。
はたと気付いてトイレに行き、さっきトイレを使ったときに気になった便座を専用の薬剤入りティッシュで拭いて、便器の気になったところを急いでブラシで掃除しました。
そしてインターホンの前に陣取りました。
それでもインターホンは鳴りません。
たぶん、電話相手の家族とは旦那さんのことでしょう。旦那さんと会話して、自分の行動にブレーキがかかってしまったのではないかと僕は心配になりました。
それで帰ってしまったのではないかと思い始めたのです。
それとも何か問題があって長話になっているのかもしれません。
いずれにしても菜穂さんは黙って帰るような人ではないはずです。
しかし、しばらく待っていても菜穂さんは戻ってきませんでした。
「まあ、人生こんなもんだよね。そうそううまいことはないさ」
私は妙な独り言を呟いて、覚悟するかのようにとりあえずがっかりしてみました。
その瞬間、インターホンが鳴りました。
「菜穂です!」
「あ、今開けます」
私は慌てました。焦った私は解錠ボタンを押す前に終了ボタンを押してしまいました。
こうなるともう、解錠できません。
慌てて玄関を飛び出し、エレベーターに乗り、そしてエントランスの扉を開けました。
「あら。ここって遠隔で解錠出来ないんですか?」
「いえ、できるんですけどその・・・・・・まあとにかくどうぞ」
私はぜいぜい言いながら菜穂さんを部屋まで案内しました。
おかげでどうして菜穂さんがこんなに戻ってこなかったのか聞き忘れてしまいました。
(つづくかも)
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