続きです。
ここからは余計な言葉は不要で、流れるように抱いてしまうというのが小説の展開なのでしょう。
しかし、私に思いもかけぬ菜穂さんの行動と言動に、恐らくパニック状態になっていたようです。
この素敵な女性に私ごときがそんなことをいわれるはずはない、と第三者的な立場で否定する側に回ってしまったような感覚でした。
「この建物にはハンバーガーショップもあったのですけど、撤退してしましました。本屋もあったんですよ。でも、やっぱり撤退してしまった、その代わりに飲み屋でも出来るかと楽しみにしていたら、出来たのは整形外科ですよ」
などと、どうでもいい話をしてしまいました。
菜穂さんはちょっと間を置いてから、
「そうなんですか。飲み屋さんはご近所にいくつかあるのでしょ?」
と私の話に乗ってくれました。
いや、乗ってくれたと言うよりも、私が菜穂さんの告白を台無しにしてしまったという自分への嫌悪感でいっぱいでした。
菜穂さんに恥をかかせないためにはさっきの話はなかったことにしてしまう方が良いとさえ思いました。
いや、なかったことになってしまったという後悔に押しつぶされたのかもしれません。
バカなことをしたもんです。
「飲み屋さんは、ないんですよ、一件も」
「そうなんですか、残念。帰りも電車だし、そんなお店があればお酒飲んじゃおうかと思ったのに」
「ここはファミリー層の多い新しい住宅地だから、そういうお店は出来ないみたいです」
と、私は真面目に答えた。
「ファミリーで思い出したけど、ファミリーマートがありますね、駅前に」
「はい。駅前にもあるけど、私のマンションの隣にもあるんですよ。たった500メートルしか離れてないのに」
「そうなんですか。じゃあ、そこでお酒とおつまみを買って明るいうちから飲んじゃうとか、良いかもしれないですね」
どんなに鈍感なにも、さっきの私の失敗を菜穂さんがフォローしてくれたのがわかった。
「そ、そうですね。じゃ、お酒とおつまみを買って、私の部屋で飲みましょうか、もし良ければですが」
「突然お邪魔してご迷惑でなければ」
「全く構いません」
ここまで女性にリードされるのはなんとも情けない話です。
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