神戸・三宮に二ヶ月に一度くらい出張するようになって10年目。最初はホ
テル暮らしだったのが、ふと「原点に還ろう」と思い立ってウィークリーマ
ンションを都度契約することにしました。
若い頃はいろいろと苦労はしましたが、事業に成功してからは高級ホテル
を泊まり歩いてきて、逆に淋しさを覚えていた時に、ウィークリーマンショ
ンのワンルームは、20代のことを思い出す、とてつもない刺激でした。
最初の頃は、風呂のあまりの狭さに動揺したり、近所の音がまる聞こえす
ることに眠れない日々を過ごしたりもしました。ところが、そんなある日に
出会ったのが千恵(24)でした。
たまたま、早めに、とはと言っても11時ぐらいですが、マンションに帰っ
てきたとき、1階のエレベーターが開いているのが見え、「すいませーん」と
声をかけて駆け込みました。そこに乗っていたのが千恵でした。清楚なメイ
クの中の瞳と清潔な感じのキャミソールからすらっと出ている二の腕が、40
近い僕にとってはとてもまぶしく感じました。キョロッとした瞳でこちらを
見て、「何階ですか?」と尋ねました。「あ、8階です」と答えると、千恵は
「あ、押してありますんで」とつぶやいて、階数ボタンの方に向き直りまし
た。
気まずい数秒。千恵の後ろ姿を見つめていると、束ねてアップしてある髪
の下の、首筋から頬のあたりが赤くなっています。飲んできたのでしょう。
後ろ姿のキャミソールの上からでもわかる、乳房の下側のふくらみ。くびれ
た腰。きゅっと締まった足首。そして、軽く香るフレグランス。
「オレもオヤジだな」と自省しながら、大きく息を吸い込んでいるうちに8
階に着きました。「どうぞ」と千恵がうながします。「あ、どうも。おやす
みなさい。」と、僕が先にエレベーターを出て、変質者と思われてはいけな
い、と早足で自分の部屋である部屋に向かいました。この部屋は、狭い狭い
とは言っても、角部屋で、狭い中でもまだいい、というレベルの部屋でし
た。
扉の前でカギを探していると、左の方から気配がしました。二戸離れた部
屋の扉を、千恵が開けようとしているところでした。あまり見てはいけな
い、と思ってそのまま自分のカギを見つけ、部屋に入りました。
初恋の時のようなときめきを感じながら、部屋のエアコンをつけ、バッグ
を下ろし、スーツの上着を脱いでかけ、バッグからPowerBookを取りだしてデ
スクの上に置いてパワーオンして、ネクタイをゆるめたところで、部屋の
チャイムが鳴りました。
そんな時間に会社の者が尋ねてくるはずもありません。一瞬ぎょっとし
て、扉のところに向かいました。そしてスコープから外を見ると、そこには
ちょっとうろたえた表情の千恵がいました。当然、即座に扉を開けると「ご
めんなさい、突然。さっき、エレベーターでいっしょになった方ですよ
ね?」「はい、そうですね」「あの、私、向こうの部屋に住んでいる者なん
ですけど、カギを学校に忘れて来ちゃったみたいで、入れなくなっちゃった
んです。すいませんけど、大家さんの連絡先とか、わかりませんか?」
とりあえず、マンションの通路でそんな話をしているのもなんなので、玄
関にまでは入ってもらい、契約書を探し、すぐに玄関に戻りました。「ごめ
んね、僕はウィークリーで借りてるから、ここが大家なんだよ」と見せる
と、「あ、私は普通に借りているんで、違いますね、連絡先……」と、困っ
た表情を見せました。
そこで、「ここのベランダ、敷居はあるけど、隣同士はつながってたみた
いだから、なんとかなるかもよ」と言うと、「そんなそんな、危ないですか
らいいですよ」とビックリした表情をしました。その表情が、とんでもなく
可愛く感じてしまい、小学生の頃にクラスのヒロインのために高いところに
ひっかかった風船を取りに行くような気分で、返事も聞かずにベランダに向
かいました。彼女の部屋の方を見てみると、隣の部屋は真っ暗で誰もいませ
ん。そして、その向こうの彼女の部屋にも、当然明かりがついていません。
しかし、なんとかなりそうな感じでした。
「大丈夫みたいだよ。ベランダのカギって、いつもかけてる?」
「はい、かけてます。」
「どうする?こわしちゃって、後で何とかする?」
「あ、壊しちゃうのは困ります……」
「そうだよね。とりあえず、かけ忘れてる、ってことはない?」
「……もしかしたら、あるかも……あっ!洗濯物乾して、あと、お部屋で
お料理してちょっとニオイが出ちゃったから、今日は開けてあったかも!」
千恵の表情が、パッと明るくなりました。その表情が、またさっきとは
違った可愛いらしさで、俄然元気が出てしまいました。
「じゃ、ちょっとお部屋の前で待ってて。あ、勝手にお部屋に入っても大
丈夫?」
「……はい、えぇ」と、複雑な表情でしたが、緊急事態だからしょうがな
い、という決意の表情でした。
そして、僕はベランダに出て、柵に上り、まず隣の部屋のベランダに移り
ました。ものはついでだ、と、その部屋をのぞくと、空き部屋。ここも
ウィークリー貸しなのでしょう。そして、その隣へ。よっ、と柵に上ると、
その向こうには洗濯物が整然と干してありました。外側の1列めには、Tシャ
ツやタオルなど。そして、外からは見えないようにしてある2列めには、なん
とランジェリーが数点乾してあったのです。チューブトップのもの、ハイレ
グのもの、バストアップなもの、などの中、普通のブラやショーツもありま
した。いずれも、さっき本人を見たときには想像も出来なかったくらい、大
きめなサイズのものたちでした。
しかし、見とれている場合ではありません。ベランダに降りて網戸を開け
ると、見事に窓は開いていました。部屋に入るとすぐにベッド。整然とふと
んがかぶせてあります。部屋の中も、こぎれいに整頓されていて、彼女の真
面目な生活と性格がわかるようでした。
が、今も扉の前で待っている、と思うと、周囲を見ないで一刻も早く扉を
開けなければ、という使命感に駆られて、ほとんど僕の部屋と変わらない間
取りのその部屋を突っ切って玄関に行き、カギを開けました。
すると、クイズに大当たりしたような表情の千恵が、そこにいました。
くるくる変わる素敵な表情の千恵に、もう、我慢できなくなっていました
が、この時点ではまだ理性が勝っていました。
「ありがとうございますーーっ!」と、両手を胸の前でぎゅっと握って本
気で感動している千恵。「よかったね。じゃ。」と、すりかわるように、裸
足のまま千恵の家の玄関を出て行く、僕。まっすぐ行って、自分の部屋にた
どりつくと、扉が閉まっていました。
……オートロックなんですよ、このマンション。
ふっ、と後ろを振り返ると、千恵が「うふふっ」と笑いながらそこにいま
した。
「ごめんなさい、慌ててて、締めちゃいました。」
こらえきれない、という表情で必死で笑いをこらえている千恵。吉本っぽ
く、おおげささにその場に崩れ落ちる僕。
何かが、その瞬間に変わりました。
「どうぞ、こちらへ」と招かれて、千恵の部屋に入りました。そして、す
ぐにベランダから戻ればいいようなものなのですが、千恵が「本当にありが
とうございます、ちょっと、御礼させてください」と、趣味だ、というカク
テルを作り始めました。
明るくなった部屋を見回してみると、狭い部屋の中にもの凄い数のお酒と
ジュース類、そしてグリーンが満ちあふれていました。
彼女は、現在神戸の某大学生。ほとんどお酒は飲めないけど、カクテルの
魅力にとりつかれてその勉強中、将来は留学して勉強するつもり、というよ
うな話をシェイカーを振りながら語ってくれました。
僕はというと、ネクタイをゆるめたままの上着なしのスーツ姿。期せずし
て訪れた冒険のため汗だくになってしまっていて、かなりみじめな姿になっ
ていました。
その時、彼女がふと「あ、ごめんなさい、汗びしょびしょですね。タオ
ル、どうぞ。」と、冷蔵庫の中から冷たいタオルを出してくれました。「私
も汗っかきで、帰ってきてこれで顔を拭くのが楽しみなんです。女の子っ
て、喫茶店とかのおしぼりで顔を拭けないでしょ。でも、おうちならいいか
と思って。」と、ニコッと笑って差し出してくれたのです。
そのおしぼりで顔を拭き、手をぬぐっていると、机の上にコンと、置かれ
たのは、見たことがないような色のカクテルでした。「ごめんなさい、びっ
くりしました?これ、私がオリジナルで創ったやつなんですよ。元気が出ま
すから、どうぞ。」と、ちょっと不安そうな笑顔ですすめてくれました。
一口きゅっと飲むと、ふわっと不思議な薫りが広がりました。そして、
びっくりして、もう一口。そして、もう一口。あっというまに、カクテルグ
ラスの中身を飲み干してしまいました。
「なにこれ?」と聞くと、「■■■■と■■■、それに■■■を●■%ぐ
らい入れて、そこにかぼすを絞ってみたんです」と、まったくわからないお
酒の名前を並べて教えてくれました。
僕が唖然としていると、「ごめんなさい……もう一杯、飲んでいただけま
す?」と、再びシェイカーに向かいました。
今度は、2杯作り、自分もテーブルの前に座ってグラスを傾けました。
「ありがとうございましたっ!」と、首を傾げながら乾杯の合図。
それからは、次々と違うカクテルを作っては持ってきながら、今彼女が付
き合っている男のこと、これまで付き合ってきた男のこと、など、なぜか
「不幸な男性遍歴」の話をいっぱい聞かされました。
僕も酒は弱い方ではないのでずっと付き合っていると、急に千恵が「きも
ちわるい」と言い出しました。「お酒弱いのに、楽しくて飲み過ぎちゃっ
た」と、トイレに向かって立ち上がろうとしました。が、足に来てしまって
いたようです、よろけて、壁にぶつかりそうになりました。が、その瞬間、
僕が身体で受け止めてあげました。僕の肩が柱に当たり、鈍い音がしまし
た。千恵は、「……だいじょうぶっ?」と僕の心配をします。が、「僕より、
君だろ?早くトイレに」と促すと、急に千恵は大きな瞳に涙を浮かべて、
「なんでそんなに優しいんですか?私、今まで、こんなに男の人に優しくさ
れたことなんてないっ!」と叫んで、そのまま僕にしがみつくように抱き付
いてきました。
しかしなぜか僕が冷静に「きもちわるいんだろ?」と尋ねると、「うん」
と言葉はなくうなづき、よろよろとトイレの方に1人で向かおうとします。
しょうがないので、ささえてあげながらトイレに入ると、僕の部屋と同じサ
イズ、同じ規格であるにもかかわらず広く感じる飾り付けがしてありまし
た。彼女はそこに座り込み、便器にしがみつきました。
「ごめんなさい、ありがとう、もういいです、恥ずかしいから、見ないで
ください」と言い続ける彼女の横で、いいんだよ、吐いても。恥ずかしくな
い。全部吐いちゃった方が気持ちがいいから。と、背中をさすってあげまし
た。「出そうだけど出ないの」と、困る彼女。「ちょっといい?」と、鳩尾
のところをキュッと押してあげると、ごぼごぼごぼ、とはき出しました。
全部出させてあげて、ぐったりしている彼女に、勝手に冷蔵庫を開けて
持ってきたポカリスェットを飲ませ、「お姫様だっこ」をしてベッドまで運
び、寝かせました。細い声で「ありがとう」とつぶやく千恵。「身体を締め
ているものははずしたほうがいいよ」と言うと、自分でキャミソールを脱ご
うとします。が、ふと気付いて「ごめんなさい、恥ずかしい」というので、
寝るときに使っているのであろう大きなタオルをかけてあげました。する
と、「……暑い……」と動かなくなってしまいました。
「だめだよ、このまんま寝たら。」と耳元でつぶやいても、千恵は動きま
せん。
やむをえず、キャミソールを脱がせにかかりました。その下には、下着の
ようなタンクトップと、そして小さめのショーツ。タンクトップの間から
は、真っ白な胸のふくらみがふたつ、浮き上がっていました。
でも、その下にプラジャーを付けているのは間違いありませんので、背中
に手を回してホックを探りました。と、その瞬間、僕の背中に彼女の手が回
り、抱きしめられました。そして僕の耳に口を付けて、「ありがとう……。
ごめんなさい……。ごめんなさい……」と、彼女が吐息混じりの声で呟いた
のです。
その瞬間に、全てがはじけました。
すっと体を離して、彼女の顔を見つめ、さっき吐いたばかりの唇を奪いま
した。力の抜けた千恵の唇。しかし、彼女の舌は僕の舌を追いかけてきたの
です。
まさぐるように僕の背中を撫で回す千恵。150cmぐらいしかない千恵の全身
を撫で回し、「かわいいね、かわいいね」と呟く僕。
千恵は、僕の指が這ういろんなところで、いきました。何度と無く、いき
ました。そして、ぐったりしながらも、大きくなった僕のものをきゅっと
握って、自分のそこに挿れました。そして、全身を絡みつけて、「このまん
まにして」とつぶやき、またいってしまいました。
僕は、そのままじっとしていました。
すると、彼女はびくんびくんとしていたかと思うと、ふっと力が抜け、そ
のまま眠りに入ってしまったのです。
当然、僕はいっていませんでした。が、あまりの千恵の可愛らしさに見と
れてしまい、結合したまま、彼女を見つめ続けていました。
その千恵が、先週、ワシントンに旅立ちました。
新しい彼氏が、同じグループにいるそうです。
僕にとっては不倫ですが、素敵な恋でした。
これからの神戸の夜をどうやって過ごしたらいいのか、途方に暮れていま
す。
ありがとう、千恵。