この町に赴任してきてから、既に5年の歳月が流れた。
ようやく夏も終わり、微かな秋の気配を感じる週末の夕暮れどきだった。
多くの人たちが降り立つ駅の改札口、何気ない目の先に、なぜか懐かしい姿を
見つめていた。
足早に去っていく彼女の横顔、ふっくらした後ろ姿には確かに5年の歳月が流れていた。
5年前、彼女とは同じ会社の開発部のスタッフとして働いていた。
男4人、女2人の一つのチームとしてそれぞれの役割を忠実にこなし、多くの実績を上げ
多くの賞ももらった。
特に彼女の女性特有の目配り心配りが、チームの潤滑剤となり大きく貢献していた。
チームは一つのかけがえのない最強の家族だった。
彼女との間には一度だけ、男女の誤ちを犯してしまった過去がある。
師走の寒い夜だった。
仕事の打ち上げの後、同じ方向へ帰るタクシーに彼女も同乗していた。
途中、気分が悪くなった彼女を介抱すべく途中下車した。
公園のベンチで休む彼女に寄り添いながら、他愛のない話をしていた。
やがて彼女が頭を垂れて私の肩に顔を近づけた。
アルコールとは違う彼女の体臭が、私の鼻孔を刺激した。
彼女の耳元に息を吹きかけるように囁いた。
微かに乱れる呼吸に彼女への愛おしさを感じた。
自然と重なる唇と唇が、お互いの意思を確かめるかのように激しさを増していった。
気が付くと公園の奥の樹木が立ち並ぶ隙間で、下半身を露わにして、お互いの欲望をぶつけあっていた。
酒の勢いとは言え、家庭がある二人はおおいに悩み苦しんだ。
幸いにも、その後はお互いが仕事に没頭し乗り越えていった。
但、彼女には一つの悪い家庭問題があった。
夫のDVに悩んでいたようだった。
時々彼女の顔に明らかに打痕によるあざが、腕にもその痕跡を見ることがあった。
ある時は、片足を引きずりながらも決して欠勤することはなかった。
皆も心では心配していても、それ以上に個々のプライバシーには立ち入らない暗黙の規律みたいなものがあった。
それ以上に仕事以外への関わり合いに余裕がなかったのかもしれない。
しばらくして、彼女は一身上の都合により職場を去っていった。
私は連絡できないまま、結果的には放置した状態になった。
その後、開発部の我々のチームも解散された。
私はある地方都市の営業所の所長として赴任させられた。
そして単身赴任のわびしい生活に5年の歳月が流れていた。
家族も、子供たちはそれぞれ独立して家を出ている。
別居状態の妻のいる家に帰る理由すらない。
あの日から毎週末の夕暮れ時、知らぬ間に駅の改札口を通り過ぎる人々を見つめていた。
あてのない待ち人と、待ち続ける自分の姿があった。
彼女は人違いだったのか?
ただの彼女に似ただけの人だったのか?
もう今日で終わりにしようと駅を離れかけた時、肩を叩く手に後ろを振り向くと
忘れもしない、5年前の彼女の笑顔があった。
懐かしさがこみあげてきて、思わず涙が溢れてきた。
お互いの過ぎ去った5年の歳月に何があったのか?
話す言葉すら見つからず、ただ見つめあうだけだった。