ここのところ、妻に内緒で財布の中をよく覗く。
去年までは、万札があることさえめずらしかった。
今年は、常に5万以上の金が入っている。
7~8万の金が、常に財布の中にあり、多いときは10万を超える。
俺の給料日の前でさえだ。
今年から3つのパートを掛け持ちするようになった。
去年は、ひとつだけだったから、3倍の収入があってもおかしくはない。
しかし、子供たちが学校へ行っている午前中だけしか働いていないわりには、金額が多すぎるように思う。
おかしなことが、もうひとつある。
意図的にメールを削除しているようだ。
妻のケータイには、昼夜を問わず、頻繁にメールが来る。
社交的で友達の多い妻だから、めずらしくはないが、時々、夜中に隠れながらメールをしているときがある。
俺の姿を見つけると、慌てたようにケータイをしまう。
浮気を勘ぐって、風呂に入っているときに調べてみたが、それらしい内容のメールや、俺の知らない男名の送受信者はなかった。
ロックさえもかけてない。
しかし、送受信ボックスの履歴は、あきらかにおかしい。
メールが来ていたはずの時間の表示がなかったり、確かにメールをしていたはずなのに、夜中に発信した痕跡がない。
一日に送受信している数も少なすぎる。
あきらかに消しているのだ。
不可解なことは、まだある。
去年までは、やたらとしたがっていたのが、今年は、まだ一度も求めてきていない。
俺も無理に妻を抱きたいとは思わないから、すっかりレスだ。
去年までは、俺がSEXをしたがらないものだから、険悪な雰囲気になることが多かった。
それが、今年は一度もない。
子供たちに八つ当たりすることもないし、俺に嫌味を言うこともない。
特に生活態度に変わった様子はなく、しっかりと家事はするし、子供たちの学校行事にも毎回顔を出す。
思い過ごしかとも思うが、金の謎が解けないし、気がかりなことがひとつだけある。
妻のパートのひとつに、農家の手伝いがある。
あの有名な青汁の原料になるケールという野菜を収穫する仕事だ。
仲の良い友達数人と、毎年夏になると行っている。
農家の手伝いといっても馬鹿にならず、パートの手取りでは一番率がいい。
妻は、この農家の手伝いに、去年の暮れから冬にも行き始めた。
トマトのハウス栽培を手伝いに行き、春には、ケールの種まきにも行った。
つまり今年は、ずっと行っていることになる。
農家の主人に、とても気に入られているらしく、手伝ってくれ、と頼まれるのだそうだ。
俺は、この主人というのを、てっきり枯れた老人だとばかり思っていた。
だが、まだ独身の30歳を過ぎたばかりの男なのだという。
農家の長男で、父親は、ほとんど仕事に出てこないらしく、この男の指示で、妻たちは働くパートを決められる。
ほとんどの奥さんたちは、ケールの収穫をするそうだが、妻だけは、ずっと選別の仕事をしていたそうだ。
収穫は当然、畑で行われるが、選別は、この農家の自宅近くにある小屋の中で行われる。
そこに、この男が収穫したケールを運び込み、妻と男の家族数人で選別をしているのだという。
選別は、すぐに終わるから楽な作業なのだそうだ。
子供のサッカーの応援に行ったときに、顔見知りの奥さんが教えてくれた。
その奥さんも、この農家の手伝いに行っている。
今年は炎天下が続いたから、日陰の下で楽な作業につけた妻が、うらやましかったらしい。
妻が、主人に気に入られているのを、多少は妬んでもいるようだった。
浮気を疑っているようではなかったが、冬から手伝いに行っていたことは知らなかった。
友達は、誰も知らないはずだと言っていたから、妻は、内緒で通っていたらしい。
これだけでも、立派な疑惑の種にはなる。
さらに追い打ちをかけたのは、暑くて、大変だったね、と奥さんに言ってみたら、今年は、休める時間も多かったから、そうでもなかった、と答えことだ。
ケールは、作付け間隔の必要な植物だから、一度に収穫できる面積が決まっているそうだ。
そこが終わってしまえば、次の畑に向かうのだが、今年は、なかなか男が帰ってこないことが度々あって、その間は、ずっと休めたという。
選別は、すぐに終わる作業であるはずなのに、なかなか帰ってこないのは、どう考えても不自然だ。
他にも仕事はあるのかもしれないが、俺は、そうは思わなかった。
選別が終わってしまえば、自宅が近くにあるのだから、家族は、さっさと戻ってしまうだろう。
妻も、休んでいいよと言われているのだろうが、何かと理由を付けて、小屋の中に残る。
次の作業の支度をするとでも言えば、疑われることもない。
男は、家族の目がある手前、露骨に妻と二人きりになったりはしないのだろうが、こっそりと小屋に戻ることは、勝手知ったるなのだから、簡単なことだ。
二人きりになったら、慌ただしい情事に没頭する。
それは、ときには30分にも満たない時間なのかもしれない。
時間が限られているだけに濃密だ。
1分を惜しんで、貪るように求め合う。
誰かに見つかるかもしれないというスリルが、さらに二人を興奮させる。
妻は、全裸にもならず、尻だけをだしているのかもしれない。
男だって、同じだ。
ベルトを弛めただけで、土に汚れた長靴を履きながら、妻を犯しているのかもしれない。
声が漏れ出さないように、土にまみれた手で、必死に妻の口を塞ぎもするのだろう。
壁に手をついて、尻を突き出しながら、苦しげな顔をしている妻の姿が、なぜか容易に想像できた。
SEXが好きな妻だ。
今年は、一度もしてやっていないのに、文句のひとつも言わない。
証拠なんか何一つない。
あくまでも想像だ。
だが、妻の財布の中身の多さを考えてしまうと、そんなことばかりが、頭の中に思い浮かぶ。
この農家は、毎週木曜に給料を支払うが、妻の明細には、馬鹿みたいな金額が書き込まれていたことは一度もない。
だから、その時その時に、明細に乗せない金を受け取っていると考えれば、辻褄は合う。
他のパートは、経営母体がしっかりしているところばかりだから、操作はできない。
金額だって、微々たるものだ。
あの財布の中身を支えるほどの金などもらっていないのだ。
青汁のヒットもあって、ケール栽培に切り替える農家も増えているそうだから、だいぶ、儲かってもいるのだろう。
妻も、それらしきことは言っていた。
羽振りがいいなら、自由になる金も増える。
代を受け継いで仕切っているらしいから、金でも仕事でも、なんだって思い通りになる。
個人経営みたいなものだから、金の操作だって簡単なことだ。
農家の経営状態など、個人申告以外に調べる方法はないだろう。
ならば使途不明金など、幾らだって捻出できる。
その金の一部が、妻の財布に収まる。
慌ただしい情事の代償として。
まったくの想像ばかりだが、そう考えれば、すべての妻の振る舞いや、財布の中身も納得できるのだ。
この不景気のおかげで、今年から、俺の給料は激減した。
妻は嘆いていたが、生活レベルは、ずっと維持されている。
間違いなく金の減らない、妻の財布のおかげだろう。
まだまだチビたちは、育ち盛りだ。
冷蔵庫の中身が増えて、喜んでいる。
妻の機嫌がいいから、顔色を窺うこともない。
多少の嫉妬はあるが、かまってやらないのだから、非難することもできないだろう。
それで家庭が円満ならば、敢えて追求しようとは思わない。
できれば、チビたちが独り立ちできるまで、修羅場にはなって欲しくないと願うだけだ。