結婚して12年の妻は、2歳年上の40歳ですが、総務部の皆藤愛子と言われ、可愛い制服着てインフォメーションに座っていた童顔美人で、年上に見られたことはありません。
今も、20代後半に見えます。
私が妻を初めて見たのは入社して1年目の初秋、当時、インフォメーションのある正面からは滅多に入らなかったので、存在を知りませんでした。
初めて妻を見たとき、「なんて可愛いんだ!」と思いました。
短大出て1年目の20歳くらいかと思ったら、短大出は当たってましたが5年目で、既に25歳でした。
当時、妻にはレクサスに乗った彼氏がいて、夕方になると、車で迎えに来て、それに乗って帰っていました。
「彼女、可愛いですよね。」
と言うと、先輩社員は、
「彼女は止めておけ。今の彼氏の前は、今の総務課の主任と、その前は秘書課の主任と、そしてその前は同期の四大出と付き合ってたんだぞ。もう、ヤラれまくって、マンコなんかドドメ色だぞ。」
と言われました。
他の先輩社員にも、
「他の男たちに使い捨てられた女と付き合ってるって言われるぞ。それで、社内ではもう彼女と付き合う男はいなくなって、社外の男を狙ったんだな。」
「確かに可愛い顔してるけど、他の男たちが唇舐めて、マンコも舐め回して、チンポしゃぶって、しれ突っ込まれて、アンアン喘がされた使い古しとは、付き合えんだろ。」
「それに、彼女は短大時代にも、何回他の男たちにマンコを許したかわからんぞ。あられもない破廉恥な姿を悪びれもなく、色んな男たちに見せたんだぞ。止めておけ。」
と言われました。
でも、入社2年目になると、レクサスが迎えに来なくなりました。
レクサスを見かけなくなって数か月、破局が決定的と見て、いきなりでしたが、尋ねてみました。
「レクサスの彼氏とは、別れたんですか?」
「えっ?・・・ああ、彼、転勤しちゃったの。」
「そうですか。もしよかったら私と付き合いませんか?」
「はあ・・・」
と、こんな感じで交際がスタートしました。
妻26歳、私24歳でベッドイン、スレンダーながらも程よい肉付きで、Cカップもいい形してました。
可愛い美人でスタイルも良かったですが、先輩社員の言うとおり、オマンコは小ぶりでビラビラも小さめでしたが、色はすっかり紫色で、使い古され感がありました。
クンニした時の喘ぎ、エロかったし、フェラは絶品で、相当し込まれた舌使いでした。
ベッドの上で、裸で抱き合い、舌先を絡ませながら、妻の濡れたオマンコに生の亀頭を触れさせると、妻は腰をゆすって亀頭をオマンコの中に導きました。
正常位で交わると、妻のオマンコはキュキュッと締まってきて、なかなかの名器でした。
可愛い美人でスタイル良くて、オマンコも名器だなんて、絶対に嫁にすべき女だと思いました。
正常位で交わった後、一度抜いて、ベッドの上で仰向けになってみると、勃起したペニスが脈打つように動いていました。
妻は私の上に股がって、勃起したペニスを自分のオマンコに当て、腰をおとすと、熱く濡れたオマンコにペニスが入りました。
妻は、極めて淫らに腰をくねらせはじめ、それを下から見上げると、インフォメーションに座る清純そうなお姉さんの痴態が信じられないくらい破廉恥でした。
最後はまた正常位になって、妻のお腹へ射精しました。
そして、私26歳、妻28歳で結婚しました。
両親は、妻を見て、そのあまりの美貌に驚いていました。
親戚もしかりでしたが、同僚は、
「よく、あんなビッチと結婚したな。使い古しの中古マンコだっただろ?」
と言われましたが、私は元来、恋愛において、セックスだけ切り離しません。
恋愛は、知り合う→仲良くなる→異性として性の対象になる→恋愛感情が湧く→セックスする、という順番を辿るわけで、その段階は色々あるうちの一つがセックスだと思っています。
セックスの前に線を引いて、切り離しては考えません。
恋愛は恋愛、心の問題で、セックスは、人間の恋心の思いを遂げられるか否か、だと思います。
異性を愛するということh、即ち、その人と子孫を残したいという動物の本能に、人間だけが恋愛感情を生じさせるのです。
誰かを愛したことがあれば、セックスしたかどうかではなく、一つの恋愛経験として残ります。
失恋すれば、哀しい記憶として、残り続けます。
セックスには、快感が伴うように仕掛けられているから、どうしても淫らな姿を晒してしまいますが、それは、愛情の成就の一つなのです。
だから、妻のセックス遍歴は、恋愛遍歴の一つとして、セックスそのものを気にかけることはありません。