先ずは随分前の話です。
約30年前の高校の頃、図書委員だったんですが、1年の火曜の必須以外、ほぼ帰宅部だったので、ほぼ司書室に入り浸りでした。
司書の先生は、30前の既婚で、ややポッチャ・メガネで、地味な存在でした。
男子生徒の人気も無く、本来なら1ヶ月くらいごとにある受付当番の委員もほとんど来なくて、私が大半居座っていました。
2年に上がる春休み中、ちょっと図書の入れ替えがしたいからと事前に言われていて、指定された日に学校に行きました。
図書室に入り、言われるがまま本棚の本を出して並べ、別の棚に移す作業を午前中ずっとやってました。
昼食は先生の車で、近くの料理屋へ。
そこで彼女いるの?とか聞かれ、全く無いですと答えると、ちょっと笑みを浮かべ、テーブルの下で足を絡ませてきました。
食べ終わり、学校に戻りましたが、司書室で、
「ブスな私じゃ嫌かな?」
みたいなことを言われましたが、メガネ女子や巨乳は好きで、既にフル勃起してて、先生に気付かれてしまい、先生は図書室の鍵を閉めてきたら、そのままズボンとパンツを脱がされ、フェラ。
オナニーはしてましたが、あまりの気持ち良さに、口の中に射精。
先生はそのまま飲んでくれた表情が、それまで見た先生からしたらものすごくエロい目付きで記憶に残っていました。
そこから間を置くことなく、童貞卒業。
着衣時点で分かっていたものの、思っていた以上の巨乳かつデカい乳輪がいやらしく、またアソコは天然パイパン。
ずっぽり入る状態をマジマジと見るように言われたりして、その日は安全日だからと、初エッチにして初中出しでした。
その後も、ことあるごとにエッチをして、安全日は中出し。
それ以外は、尻・オッパイはもちろん、顔射や口内射精も。
でも、いつでも中出しされたいと言い出し、3年に上がる春休み中に、先生が浣腸器やら買ってきて、先生自身もアナルバージンを卒業。
本格的に大学受験モードに入る夏休み前まで、週3くらい、安全日はアソコ、危険日はアナルと使い分け、私はオナニーをしなくなったし、先生も何回もイケて、硬いチンポにハマっていました。
大学入学が決まり、地方の大学だったので、徐々に疎遠になり、2回生の夏休みに、先生にラブホに連れられ、ほぼ1日ハメていました。
その時は、前回会ってから期間が空いたので生理周期は把握出来て無かったけど、先生がずっとアソコの中に出してと言うので、遠慮なく中出ししました。
その次は年末年始に帰省した時でしたが、ちょっと雰囲気が違い、ラブホに行ったら「デキちゃった」と告白。
旦那ともしてたけど、タイミング的には私のは確実らしいけど、旦那と血液型一緒だし、旦那の子として産むからと言われました。
GWには実家には帰りませんでしたが、先生が来てくれ、1泊していきました。
既にお腹も大きくなり、私が父親だけど父親にならない複雑な気持ちを抱えながら、先生を抱きました。
翌月、出産したと連絡があり、また夏休みの帰省で先生のとこへ。
目の前で授乳してたら、先生が「吸う?」と言い、授乳終えて子供を寝かしつけたら、私の口に母乳を絞り出しました。
結局そのままセックス。
安全日だから遠慮なく出してと言われ、3回出してやると、久しぶりのセックスに満足したようでした。
その後も長期休みの帰省で会い、2人目も私ので受胎。
4回生の時は、就活と卒研で帰省もままならない状態で、丸一年会えませんでした。
就職は地元に戻りましたが、通勤が微妙に掛かるのと、寮があるので、寮入り。
寮とはいえ、中古マンションの借り上げみたいなもんで、私の部屋は2LDKあり、先生も時々週末に遊びにきました。
上の娘も保育園に行くようになってて、教えた訳でもないのに、私をパパと呼んでいました。