第四章 【 震える裸身 】
日が明けて、とうとう その日がやってきた。 早目に昼食を済まし、車に乗り込む。
梅雨の真っただ中にも関わらず、今日は快晴だ。
いつのことだったか忘れたが、岐阜方面に向かう途中 道の駅に立ち寄って、
南さんと三人でしばし屈託のない話をしたことを覚えている。
しかし、二人旅の今は妻もそんな気持ちにはなれないらしく、余り多くを語らない。
そうなると無理に話しかけるのも憚られ、しばらく車のハンドルを惰性で握るしかない。
しかし、沈黙の時間が余りに長くなると隣に座っている妻のことが気になって、
ちらっと目を横に向ける。
すると、自然とカジュアルパンツのふっくらしたところが目に入ってきて、
そこに、食い込みが走っているのが妙に艶めかしい。
膝を組んでいるため 微妙なところまでは見えないが、私にはその姿が勿体ぶった風に見えてしまう。
(素知らぬ顔をしているが、今夜二人きりになれば 嬉々としてそこを開くくせに・・
ひょっとして助手席に座っている今だって・・ ベッドで抱かれている自分の姿を思い浮かべているのかもしれない )
そんなことを思っていると次第に自分の気持ちが、今夜、妻が手荒な辱めを受けるのを願うような
悪意を含んだものになってくる。
窓枠から流れる外の景色は上の空 ・・
私の頭の中は、旅館に着いてその時を迎えるまでどうするか、早くもその流れを考え始めている。
( 多分、夕食は六時頃に始まるだろうから、旅館に着いてからは二時間ほどある。
初めに、私たちに与えられたその時間をどうやって過ごすかだが、
私としてはやっぱり南さんの部屋にお邪魔して、
片言の挨拶ぐらいは交わさなければならないだろう。
問題は、それから夕食までの時間だが、妻の立場にしてみれば当然・・
今夜、体を一つにする男と多くの時間を過ごしたいに決まっている。
最初に、どちらかの部屋でしばらく当たり障りのない話でもして、その後に二人でシャワーでも浴びるのがいいだろう。
これまでの疎遠を詫びながらしばし軽口でも叩いて、互いの距離を縮めるというのがふさわしいように思える。
その後、密室で戯れ事をするかどうかは当事者次第で、私は関知しなくていい・・ )
そうこうしている間に、車が目的地に着いた。
山深い鄙びた温泉だ。
部屋の中は、絨毯の一部が色あせていて、そんなに上等な装いではない。
部屋の窓を開けると、すぐ下に川のせせらぎが流れ、半ば切り立った斜面が山向こうに続いている。
その時になれば、この部屋で・・湯上り化粧を済ませた妻が彼に抱かれるのだ。
フロントに電話をして南さんの部屋を確かめ、二人そろって彼の部屋に向かう。
これまで彼には、私たちの部屋に来てもらうことが多かったので、たまにはこちらが気を回さなければならない。
その部屋は、私たちの部屋から少し離れた別館にあった。
「 やあ、おそろいで ・・ 近場とは言え、疲れたでしょう。 お茶でもいれますか ?」
「 年をとってくると、段々とハンドルさばきも前みたいにはいかなくなって・・
いつ、着いたのですか? 」
「 いや、小野さん達の三十分くらい前かな? 暇を持て余し、館内をぶらついていましたよ 」
( 多分、露天風呂やスナックバーがあるかどうかまで確かめたのだろうが、いかにも彼らしい念の入れようだ。
そんな下調べをするということは、彼に限らずここにいる誰もが今夜の行為が一回で済むなんては思っておらず、
となると当然、一息ついて気を紛らわせる場所も必要になってくる )
「 ところで 理香さん、最近 とんとご無沙汰で ・・ 嫌われてしまったんじゃないかと思っていましたよ。
あの時以来ですか?」
「 そうですね。雪が降り始めた頃でしたから 随分と… 」
「 そうそう、あの時は朝起きたら雪がひどくて、 一人で帰れるか心配でしたよ。
立ち往生にでもなったら、小野さんに申し開きできませんからね 」
こんな二人の会話を聞いても、話の中に出てきた「あの時」がいつ頃を指しているのか、
ようやく「雪が降っていた・・」という言葉で思い当るくらいで、今の私には、妻の密か事がそれほど切実なものにはなっていない。
「 あれ、何て言ったかな? 寒い日だったので鍋料理はよかったのですが、
食べているうちに何だか暑くなってきて・・」
「 牡丹鍋でしょう? みそ味がとってもおいしかったですわ 」
地場産料理に舌鼓を打ち、その後 暖房も要らないくらい激しく交わったことは容易に想像できるが、
妻にすればきっと、凍てつくような寒さの中、部屋に籠って好きな人の肌の温もりで癒されたかったのだろうし、
南さんにしても、久しぶりに抱く人妻の柔肌の感触を確かめたかったに違いない。
でも、まあ、これくらいのところが私を前にして話せる会話の限度で、
これ以上のことは私がいないところで話さなければならないことぐらいは互いに心得ている。
「 それで、南さん? 露天風呂って・・ あったのですか?」
「 なかったですよ。 大浴場の方はあるにはあったのですが、五~六人がやっとのちっぽけなもので、
やっぱり、須賀谷か長良川辺りにすればよかったかな?」
「まあ、そう言わずに、まだ夕食までに時間がありますから。
久しぶりなんでしょう? 一緒に風呂に入るのも・・ 」
二人の会話を聞きながら、ずっと黙りこくっている私が口にできる言葉と言ったら、これくらいしかない。
南さんや妻の方から「一緒にお風呂に ・・」とは、流石に言い出し難いだろうから、
私の方からそれとなく勧めるのが妻を差し出す側の務めだ。
「 理香さん、どうします? この後、暇つぶしにできることと言えば、この辺りをぶらぶら散歩するか、
土産物でも買いに行くしかなさそうですが・・」
その言葉を聞いた妻がチラっと私の方を見るが、今の私は妻の名前を馴れ馴れしく呼ばれても別段 腹立たしさを覚えない。
彼の後について行けよと、顎をぐいとしゃくって了承の合図をおくる。
「 そうですか? それじゃ、せっかくですから甘えさせてもらいますか。
どうです? 小野さんも一緒に・・ 三人そろって湯船になんて滅多にできることじゃないですよ 」
「 じゃ、そこのドア、開けっぱなしにしておいてもらえますか。
お愉しみの最中の写真でも撮ってあげますから 」
にやっと笑って風呂場に向かった南さんの後を追うように、妻がタオルを手にして後に続いていく。
しばらく、バスタブに流れ落ちる湯音が聞こえていたが、そのうち 湯音混じりに戯れあう二人の声が聞こえてきて、
「キャっ!」という はしゃいだ声にじっと耳を澄ます。
「 いやですわ、南さん … 」
「 嫌も何も、まぁ、いいから、いいから。 今更 恥ずかしいはないでしょう?」
「 だって …… 」
「 見るだけですから、奥さん ・・」
どうやら、始まったようだ。 細部まではわからないが、二人の弾んだ会話が聞こえてくる。
私は机の上に置いてあったデジカメを手に浴室のドアを開けた。
「 さあ、その手を退かせて ・・」
妻が南さんに抱き寄せられ、片手が乳房に伸びて、もう一方の手が草叢に差し伸べられている。
体を僅かに捩りながら脚を窄めようとするのは、窮屈な所に入ってきた私の姿を見たからだろう。
股間に伸びた手の侵入を拒むように妻の手が彼の手を抑えているが、それも私から見れば 形だけの所作のように写る。
「 さあ、もっとこっちに寄って。 ちょっと触らせてもらうだけですから。
こんなに私を夢中にさせて・・」
「 南さん、駄目ですって … 」
「 いいから、いいから 動かないで・・」
そんな二人の会話に深刻な雰囲気はないが、やがて諦めたのか、苦しい笑みを浮かべていた妻が迷惑そうに脚を開いていった。
【画像⑦】
この後、部屋に戻れば否応なく・・ 彼女は良人以外の男によって与えられる罪深い悦びに咽ぶのだ。
そして、私はやり場のない憤懣に堪えながら、その一部始終をじっと見守るしかないこともわかっている。
「 さあ 理香さんも、今夜 お世話になるものを・・」
南さんの手に導かれた妻の指先が、股間に垂れているものを揉む。
同時に、妻の下腹部に当てられている南さんの手指がもぞもぞ動く。
恐らく ・・真っ直ぐに伸びた中指が膣口に滑り込み、妻の全身に妖しげな震えが走っていることだろう。
余り、長くお邪魔して、二人の間に水を差すのもはばかられ、私はカメラのシャッターを二~三回 押してから浴室を出た。
部屋に戻って、一人ぼんやりとしていると、思いが先に飛んでいく。
程なく、薄暗いこの部屋の中で、身に纏ったものが次々に剥がされていって・・
やがて、お互いの欲してやまないものが繋がり 一つに結ばれる。
もうすぐ、そんなシーンがやってくるのだ。
私は、以前 目にした・・ 妻が南さんの首根っこに手を回し、ひしと抱きついている姿を思い浮かべていた。
【画像⑧】
その後、南さんが一人でお風呂から戻ってきた。妻の方は髪でも洗っているのか。
「 どうでしたか? 念入りに確かめたんでしょう? 隅々まで 」
「 いやぁ、久しぶりですから そんなに簡単には ・・ 以前より、ちょっと肉づきがよくなってきたかな? 」
「 そりゃ、そうでしょう。 前みたいに腰のくびれがくっきり・・なんてことはないでしょうから 」
「 いや、いや、相変わらず綺麗ですよ。 後でじっくり拝ませてもらいますが ・・ 」
こんな会話を交わしながら、すぐに夕食の時を迎えたが、特筆すべきことはない。
胸の中に重苦しいものが淀んでいると、相手を気遣いながら無理に相槌を打ったり、口から飛び出しそうな言葉を飲みこんだり、
お腹いっぱいって気分にはなれません。
傍から見ればくだけた風に見えたかもしれませんが、つんぼ桟敷に置かれた当事者にとっては
何だか形ばかりの食事会のような感じで、心底楽しいという雰囲気ではありませんでした。
(第五章に続く)