鳥達が、南へと向かい始めている。
眼前にはススキの穂が、緩く風に踊らさせれて、たゆたんでいる。
この時期は、鳥たちが渡りを始めるので多くの鳥が観られるということで近くの河川敷に足を運んでいた。
河川敷の歩道を下流へ沿って歩道を歩いて来たが、カメラを携えて多くの鳥見(とりみ)の人々が往来している。
バズーカーの様なレンズを付けた、いかにもなご夫婦、身なりはホームレスなのかと疑ってしまいそうだが、これまた最新のCanonのEOSを携えているオジサン、双眼鏡だけを片手に河原の上空を気にしている青年と、様々な人々が鳥の到来を待ちわびながら、行ったり来たりしていた。
私の狙いは猛禽類である。
この河原では、この時期は、実に多くの猛禽類が観られる。
まず、毎日観れるのがチョウゲンボウ、ハヤブサ、ノスリ。
たまにパトロール中で通過していくサシバ。
たまにハトやカラスを猛追するオオタカと実に見事なシーンに出会える名所の1つなのだ。
そして、私にはもう1つ、ここに通う理由がある。
それは、この河川敷で知り合った後藤さんご夫婦だ。
旦那さんは、とても気さくで打ち解け安く優しい方だ。
奥様もとても気さくだし、少しゲラで天然、しかし、例えるならロックシンガーの大山まきさんの様な、背が少し高めで色白でスレンダーで、作った様な美形の顔のいうこと無しの美人なのだ。
先日、行きあった時に御一緒させてもらい、上流の方へと3人で向かった事があった。
そこで、ハヤブサがカラスを猛追し、墜落させるレアシーンを動画で後藤さんが撮影出来たのだ。
この時は、そのシーンを次回「良かったら、うちで見てみませんか?」と
お誘いを受けて居たのもあって、とても楽しみにしていたのだ。
この時点では、それくらいの楽しみではあったのだが…
折りよく、後藤さんご夫婦に出くわす事が叶って、何時もの様に和気あいあいと会話を楽しみながら、上流から歩き始めた。
この日は、少し時間が遅いのか、ハヤブサは見れずに下流の方へ移動しながらであった。後藤さんご夫婦は、小鳥達にも詳しく、シジュウカラやモズ、メジロ等も見つけては喜んでシャッターを切っていく。
どれも、とても可愛らしい小鳥達で、特に奥様の方は、こうした小鳥達やカモ類や白鳥といった優しくて愛らしい鳥が好きみたいだ。
この日も沢山の鳥達と出逢えて、私は勿論、後藤さんご夫婦もご満悦だった。
ふと、後藤さんの旦那さんから
「そうだ、先日のハヤブサの動画、よく撮れてると思うので、これからどうですか?」隣の奥様も楽しそうに笑顔でうなづいていた。その奥様の顔を伺ってから、私は了承した。
後藤さんご夫婦のお宅は、河川敷の直ぐ真横にあり、歩いて僅か5分程度だった。
率直に羨ましかった。
件のハヤブサの動画は、全17分
ハヤブサがカラスを仕留める所まで鮮やかに録画されていた。
しかも、DVDRにダビングまでして貰い、私もお返しとして、昼食を良ければピザをとデリバリーをした。
旦那さんも奥様もとても喜んでくれ、3人で楽しく準備を初めていたのだが、旦那さんの方に電話があり、急遽、旦那さんだけ昼食のピザを諦めて、出掛けて行ってしまった。
私も、流石に奥様と2人きりはまずいと思い、退出しようと思ったが、奥様が
「あんな大きいピザを1人でやっつけるのは至難。是非に」と言われ、やむを得ず、ピザを待った。
やがて、ハヤブサだった会話から、奥様が私の事に話しを振り始めた。
結婚は?彼女は?
まぁ、よく女性が聞きたがる話題だ。
両方の話題にNoで答えると、これもありがちな返答が奥様の口から流れ出す。
「あら、とても独身には見えなかったから、つい。ごめんなさいね」
「いえいえ、お気遣いなく」
ま、この当たりまではご挨拶の様なもの。
深掘りされても、まぁ、どんな女性がタイプなの?やら、どれくらい女性が居ないの?と、言うアレだ。
やはり、2つとも私は笑顔で律儀に答えていく。
「まぁ!じゃ、もうお独りで暮らし始めて8年になるんですか?」
「ま、まぁ、そうですね、8年、みたいです」
奥様は、しまった!と顔をして
「あっ、ごめんなさい、つい余計な事を…」
「いえいえ、想定範囲内です」と笑顔で返した。
定型文的なやり取りをしてる間にピザが届き、やはり恋愛関係の話しをオカズに2人でピザを平らげた。
私が、帰り支度を始めたら、奥様は何を勘違いしたのか
「いいですね!私も食後の運動、お付き合いさせて下さい」
んんん?
食後の運動とは言った記憶がないのだが….
でも、まぁこんな美人と食後も過ごせるのなら、返ってラッキーだ!
くらいに思っていた。
では。と言う事で、再び、奥様と河川敷を歩く事にした。
だいぶ下流の方へ足を伸ばせば、ちょっと大きめな公園がある。
そこへ行こうとなり、散歩がてら、奥様はカメラのバッテリーを入れ替えて、出掛けた。
流石に河川敷にでると忽ち、話題は鳥に取って代わる。
公園に着き、奥様がピザのお返しだといい缶コーヒーを奢ってくれ、少し子供達の喧騒をBGMにマッタリした。
帰りの途中、奥様が、突然、奇妙な事を言い始めた。
「わたし、旦那の事は愛してるのね。でもね、変なのよ、わたし」
何を言い出したのかよく、趣旨が飲み込めなくて
「う、うん」と
間抜けな返答しか出来なかった。
奥様は続け、「でもね、たまによ?たまに羽目を外したい時とか、出ちゃって、ダメよねーそういうのって」
ますます、趣旨が分からず
「ま、若いんだし当然だと思いますよ?」と
返してみた。
奥様は、ミサコ(仮名)34歳
ご主人は、タツヤ(仮名)39歳
私は、43歳だった。
ミサコさんは続け、
「実はね、私、幼い頃から父が居なかったから、離れた歳上の男性に興味があるんです。勿論、性的とか恋愛対象としてではなく。ですよ?」と笑った
そんな話しをしていたら、後藤さん宅に到着したので、でわまた!と別れた。
夜、後藤さんの奥様、ミサコさんからLINE。
タツヤさんが、明日から急な出張との事。
今度の土日は、バードウオッチングは、お休みします。と言った内容だった。
私も、解りました。と、だけ送信して、風呂に行った。
風呂から上がると再び、ミサコさんからLINEがあって
開いてみると、こうあった。
「ちょっと話したい事があるので、ご無理で無ければ、これから出られませんか?」と。
んん?
何が、あったのだろう?
とりあえず、私は取る物も取らず、スウェットで出掛けた。
待ち合わせが、田舎なのでローソンの前だった。
ここのローソンなら、私の家の方が近いし、だいぶ冷えて来たからという理由で、私の自宅に案内した。
私の家では、ミサコさんからタツヤさんの愚痴を聞くこととなった。
話しの向きとしては、タツヤさんが外に女を作り、もう2年もミサコさんに触れても来ない事。
これみよがしに女の香水を匂わせて帰ってくる事。等から始まり、ミサコさんの実家の工場を救ったのがタツヤさんの実家である事など、聞いてはならない話題にまで、発展してしまった。
どうやら、お友達には、まだ良い顔を続けたくて他にこぼせる相手が居なかったのだとも。
ミサコさんが
「どの道、わたし、帰っても1人だし、友達の家に行っても根掘り葉掘りになるだろうから」と、言う理由で私の家に泊まると言い始めた。
いや、確信犯なのかな?
私は、いい関係を続けたいのでと断ったが、ミサコは何故か引かなかった。
最後には、私が辛抱するのが辛いので帰宅をといいながら、立っていたミサコさんの背中を押して玄関に歩かせた。
諦めた様に見えたミサコさんが、靴を履くか?と思った瞬間、細い腕を私の首に巻き付け、白くて美しい顔が目前に迫る。
瞳は、少し潤んで細まり、少し濃いピンクのルージュの唇はやや開き、何より、とてもいい匂いまでが迫ってくる。
(読んでおられる諸兄、是非、大山まきさんを検索して、そして、想像して欲しい。8年も女性と縁がない自分に降って湧いた、こんな場面。我慢出来るか?どうだ?私は、無理だ)
もう、無我夢中だった。
どんなキスで?
どんな愛部で?
覚えてる訳がなかろう。
覚えてたとしても、形は不倫、浮気だろうと、ひたすらに美しく、幸福な時間だ。
これまで、不倫や浮気は、不潔、裏切り者といった負のイメージでしか見られなかった。のが、事実だ。
だけど、どうだ?
いざ、自分にこんな事が起きてしまって、行為は不潔だったか?
そんな事はない。
裏切り者では、ある。
正直、もうタツヤさんの顔は暫く、面と向かっては見れないだろう。
勿論、ミサコさんも少し沈んだ顔をしていた。
こういう時って、多分、お互いなんだと思うけど、色んな言葉を交わすより、キス、してしまうんだと思った。
裏切り者と言う言葉を頭から払拭する為にまた再び、男と女になって重なり合う。
それを繰り返すんだろうと思う。
そうやって、朝方まで、2人で見えない溝のようなモノを埋めあってしまった。
なにか、秘密めいた時間。
とても濃密にミサコさんの空気が部屋を満たし、部屋が2人でいっぱいになっている。
それは、2人だけの世界を思わせるのに充分な密度で、私を虜にし、狂わせていた。
朝。
ミサコさんは、帰宅し、再び、我が部屋は日常をゆっくり取り戻していく。
私の身体にも、まだ、ありありとミサコさんの感触、匂いが残っている。
と、同時に、得もいえぬ背徳感がのしかかっている。
もう、河川敷にも行きずらくなってしまった。
引っ越そうか?
自分を騙して、好きな気持ちを殺すのは、結構、得意なんだ。
そうだ、そうしようと覚悟を決め、部屋を見つけ、業者も決まり、引越しの期日を待った。
その間、ミサコさんやタツヤさんとのLINEのやり取りはしていたものの、あれ以来、河川敷には行って居ない。
仕事が忙しいと、心苦しいけど嘘を通して来た。
私の内心?
勿論、ミサコさんに逢いたいし、もっと抱きたい。
叶わないのだし、叶えてはならない、不貞な想いなのだと自分を言い聞かせ、堪えるしかないのだ。
が、しかし、そう行かなかったのは、ミサコさんが、突然、夜中に私の家のチャイムを鳴らしたからだ。
出てみると、お化粧も完璧にし、何処かよそ行きのような服装のミサコさんが立っていた。
普段のラフな格好のミサコさんは、チャーミングでもあって、美人は変わらないのだが、その時のミサコさんは映画の中からとか、雑誌の表紙から、とか、そんな、ちょっとリアリティのないような美しさだった。
忽ち、言葉を発するより早く、ミサコさんが家中に満ちていくのが分かる。
いとも簡単に私もソレに飲まれ同化していく。
お互い、何も語らず唇を重ね、愛し合った。
ミサコさんは、一通り情事が済むと、クスッと笑い
「あのね?聞いて」
少し、子供の様な
イタズラっぽい様な笑顔で、真っ直ぐ私を見つめ、
「タツヤさんと別れて来た。」とだけ言うとさっさと1人でシャワーに行ってしまった。
呆気にとられたが、直ぐにミサコさんを追ってシャワーに行く。
シャワーでは、ミサコさんは元気に何かを歌いながら身体を洗っていた。
別に、浴室に2人入って狭い事はないのだが、私は、入れなかった。
浴室のまえに立ち尽くして、ミサコさんの鼻歌を聞いていた。
ミサコさんの声には、悲壮感や悲しみは感じられなかった。
むしろ、ウキウキとさえ感じて、やっと私も浴室に足を入れた。
ミサコさんは、明るく、晴れやかな顔で鼻歌を歌いながら、私身体も洗ってくれた。
よく、一緒に鳥を観ながら、私とミサコさんとタツヤさんの3人で河川敷を歩いたのが、もう、昔に感じた。
シャワーから出て、ミサコさんは言った。
タツヤさんの浮気は、事実であった事。
その相手がミサコさんのお友達だった事。
そのお友達のお腹には、子供が宿っている事。
もう、お相手のご両親ともご挨拶も済ませていた事。
ミサコさんは、淡々とわたしに聞かせてくれた。
しかし、何故?と疑問が湧いた。
何故?私だったのだろう?
ひと時の慰め?だったのだろうか?
続かない?
彼女が、話し終わって私の顔を覗き込んでいる事に気が着いたのは、そんな思いが頭を占領して僅かな頃だった?
「どうしたの?あたし、何か変な事、言った?」
私も、どう答えようか、少し迷ったが
「でも、どうしてオレだったの?もっとかっこよくて若い人なら、沢山いたのに」
また、ミサコさんは、クスッと笑い
「あたし、別に好きでもない人とは寝ないんですけど」
と、ちょっと頬を膨らませて言った。
8年も、女性と関わりを経ってしまうと、こうも鈍感になるのだ、男っていうのは。
実感が伴わないとも言える
「あ、あの、ミサコさん?それは、好きと言って貰えたと取っても??」
また、ミサコさんは、そんな私を見てクスッと笑う。
「ね?も一回、エッチしよっ!」
ミサコさんに腕を引かれ、まだ、熱をもったベッドへ。
なんだろう
きっと、麻薬とかって、こんな感じなんだろうか?
淫魔とやらって、こんなんなのか?
今は、ミサコに強い中毒性を感じている。
籍こそ、入れて居ないし
居は、今の所は別々に住んではいるが、日に日に私はミサコが欲しくて堪らなくなっている。
仕事中も何をしていても頭に浮かぶのは、ミサコの滑らかで細く、柔らかな肌。艶めかしい声。切なそうな眉間に寄せたシワの淫猥なミサコの表情。
会社のトイレの便器に射精なんてしたのは、始めてだった。
どうしてしまったんだろう?
本当に自分の身体がミサコによって乗り移られているみたいだ。
いや、嫌な訳では決してなく、むしろ嬉しい。
このまま、死んでしまいたいとさえ、最近は想っている。