襖をばたんと、閉めると、二人だけになった
空間を、どう取り持てばいいのか、そして
まだ、小一時間しか経ってないこの状況のなかで
何を聞き、何を話せば、彼女が喜ぶのだろうか、
いろいろ考えていた。
ふと、彼の考えたシナリヲを思い出した。
彼の勤務するIT会社は、同じ大学の5人の仲間が
創ったベンチャー企業で、私は、その中の一人と言う
設定になっている。
もちろん、その事は、妻にも話をしていて、
すなわち、部署こそ違え、会社の上司と部下、もっと
言えば、私のさじ加減で、出世にも響くという立場に
なっている。無碍にできない相手が、目の前に
居る訳だ。
彼から事前に、私の携帯に入れてもらった録音アプリを
起動した。
テーブルに携帯を伏せながら、何の気なしに顔を向けると
左のショートの髪を掻き上げる時、頬を少しだけ赤らめた
怜の表情が、飛び込んできた。
私の少なくなったグラスに気づいたのだろう。
「あっ、気づかなくてすみません。」
少し慌てた風で、この時、今日、初めて、二人の瞳が
重なり合った。
人間の印象ほど、あいまいなものは無いが、
瞳を交わした瞬間こそ、あいまいが、はっきりするのだ。
その時、同時に、「あっ、」と心で私は叫んだ。
怜の唇の左端に小さなホクロがある事を、みつけた。
その時、このシナリヲは、これから、自分で、創っていく。
そう、決めた瞬間だった。