「何を飲みましょうか?」
初対面特有の空気の中で、和ますホストの役目
でもある私は切り出した。
夫は飲めずソフトドリンク、彼女はカクテル、
私は瓶の赤星を注文した。
彼の作ったシナリヲはこうだ。
自分の会社の関連会社の取締役である私と、妙に
気が合って、何回か食事をする親しい間柄になり
尊敬する先輩に、妻との不倫ストーリーを作って
報告してほしい、と言う言わばオーダーだった。
「奥さんの了解はとったの?」
「妻には、3か月前からずっと頼み込んで、やっと
了解をもらいました。」
顔を赤らめて話していた。
この場を持てるまで、彼はやっとの思いだったのだろう。
この思い、心焦がされ、震える身体。
恋愛し、燃える思いで一緒になった妻が、初老の男に、
これからどんどん落ちてゆくだろう。
でも、それと引き換えに、無力な自分に、追い打ちをかける
様々な妄想が、幻聴が聞こえてくる。
「ドールさん、なんか私、好きになったかも」
結婚前に彼に囁いた、妻の声だ。
「あっ、メールだ」彼は、面倒くさそうに、液晶に目を
落とすと、
「ちょっと、一度、会社に戻らないといけなくなった。」
「えっ?何で。」妻が言うと、間を持たず
「明日必要なファイルのUSB、持って来ちゃったから
渡してくる。1時間位で戻るから。」
シナリヲ通りに、彼は襖を開けて出ていった。