私は54歳某メーカーの冷や飯喰いの万年課長。
正直言って老害の自覚は有るが娘が2人、金の掛かる大学に進学まだまだ会社にしがみつかない事には仕方ない。
こんな俺にはまともな仕事は回って来ない。やる気の無い部下達と適当な折り合いをつけて日々を送ってた。
会社に居場所が無ければ家でも女房と娘2人、俺には居場所が無い。帰宅すると家が真っ暗誰も居ない。仕方なく適当に飯を済ませて家人の帰宅を待つが12時近くなっても誰も帰宅せず、何かあったのかと慌ててLINEをすると女どもは揃って温泉旅行に出ていたなんて事も一度や二度でない。
そんな俺の職場に産休を取った女子社員の代わりに派遣会社から1人紗英という若い女性が送り込まれた。
紗英は小柄な明るい娘で仕事もそつなくこなし、たちまち職場に溶け込んでいった。
彼女が来るようになってひと月程経ったころ、女子社員達から紗英の噂話を聞く様になった。
社内の複数の男性と関係している…
明朗快活な紗英に似つかわしくなち噂話だった。
きっと明るく可愛らしい紗英に対する女性社員達のやっかみだろうとその時は気にも留めなかったのだが
それから2ヶ月、紗英周辺で幾つかの出来事、問題が起きていた。社内で若い社員が大きな声で言い争いをした。その理由がどうやら紗英が原因らしい事。
一年程前に社内結婚したばかりの営業の男が離婚し、その原因が紗英であるという噂が立った事。他にも色々と小さなトラブルが耳に入ってきていた。
その頃には社内の若手の男性社員達の間ではお酒を飲むと紗英はやらせるという話で持ちきりになっていた。
そんなある日、俺は専務に呼び出され紗英について聞き取りを受けた。勤務態度や仕事内容については全く問題が無い、それどころか作業によっては紗英に社員がアドバイスを受けることもしばしばである事は事実として報告した。
俺の報告を聞きながら専務は苛立っていた。そんな事はどうでも良いんだと言う。
君も聞いてるだろう?色々と問題起こしてるだろ彼女はと言う。
俺は、はい。噂話は色々耳にしておりますと答える
専務はいらいらしながら、変えたいんだよ。違う人間を派遣会社に寄越させたいんだ。それなりの理由が必要なんだよ。交代させるに足る報告を来週しろと言って来た。
俺は仕方なくその日、定時に上がる彼女に声を掛けてミーティングルームに呼び出した。
ミーティングルームにペコリと頭を下げて紗英が入って来た。俺はアクリル板越しに斜め前の席に座るよう促したのだが彼女は俺の正面に座った。
俺は単刀直入に尋ねた。社内で色々君について噂話が出ている。あまり良い内容のものでは無いので事実関係を確認したいんだと告げると彼女は俺の叱責に近い口調を全く意に解さず
どんな噂ですか?私は知りませんと答えてきた。
俺が社内の風紀を乱すような行動が多いと聞いていると言うと紗英はぷっと吹き出して、風紀を乱すと笑った後、すみません。だって言い方が可笑しいと言う。
俺は笑われた事に少し腹を立て、そうか。あまり直接的な表現をしたくなかったが、それならば直接的に聞こう。君が複数の男性社員とあまり適切とは言えない関係を持っているのでは無いかと聞いている。
そんなやり取りを何度かして結局俺はすっかり彼女のペースにやり込められ、事実確認どころかその噂話の存在自体を否認されて終わった。
最後に火のないところに煙は立たないと言うぐらいだから気をつけなさいよ等と嫌味を言うのが精一杯という体たらくだった。
紗英が退室してから俺は頭を抱えた。
専務には何と報告しよう。
自分の娘ほどの歳の女に良いようにあしらわれて終わり。俺は自分の無能さに嫌気すら感じた。
ミーティングルームから戻ると噂の紗英と出て行き小1時間話していた俺を社員達の好奇の目が出迎えた。
俺はバツが悪く遅くまで残り、退社する社員達を見送った。社内に人がまばらになった頃、俺が退社準備を始めると携帯が鳴った。
知らない番号だ。電話に出ると声の主は紗英だった。まだお仕事されてるんですか?と尋ねてくる。いや今終わったよ。応えると今日はすみませんでした。と言ってくる。
俺も一応は営業職だ。会社で持たされた携帯が鳴れば出ざるを得ないが、まさか紗英からかかってくるとは予想だにせず慌てていた。
少し話せませんか?社内じゃ話せないことが沢山あるんです。目につくところじゃ話せないから〇〇駅の居酒屋〇〇に個室とってあります。
いらっしゃいませんか?
俺は戸惑っていたが、このままでは専務に報告出来るものが無く焦りもあって紗英からの誘いを受けた。分かった今から向かう。
これがこれ以上落ちようが無いと思っていた俺が更に転落するきっかけだった。