今、東南アジア某国に駐在しています。
二年ほど前から同じコンドミニアムに住む駐妻さんと関係を持っています。
初めて彼女と出会ったその日は、私は役所の手続きの関係で平日休みを取ったのですが、早めに用事が済んだので、家に戻って気分転換に屋上のプールに行きました。
ここのコンドミニアムはどちらかというと単身者用で、ゴルフシミュレーターを使っている人は多いのですが、土日でもプールで泳いでいる人はほとんど見かけず、その日は平日の午前中ということもあって案の定誰もいませんでした。
燦燦と輝く太陽の下、王様気分を味わいながら、ゆっくりと平泳ぎで日頃の運動不足を解消していると、十分くらいして、ガラッと出入口の扉が開き、水着姿の女性が入ってきました。
水着といっても日差しが強すぎるので、ちゃんとラッシュガードを着ていて、下もスパッツ姿です。初めて見る顔でしたが、そんなに広いプールではないので、無視もできず、とりあえず会釈だけして泳ぎ続けていると、
「お邪魔してもいいですか?」
と声を掛けられました。私は一旦、泳ぎを止めてその場に立ち止まると、
「ああ、構いませんよ。私のプールじゃないですから」
と笑いながら答えました。
「ありがとうございます」
その女性はにっこりと笑うと、ゆっくりと水の中に入ってきました。その時になって、初めてよく顔を見たのですが、可愛らしい感じの美人さんでした。
思わずテンションが上がりますが、あまり馴れ馴れしく話しかけるのもまずいので、とりあえず泳ぎを再開しました。女性は私から離れるように位置取りすると、逆方向に泳ぎ始めます。彼女は最初、クロールで泳いでいたのですが、驚いたことに途中からバタフライを始めました。クロールもバタフライもすごくきれいなフォームで、一目で経験者だということがわかります。私は疲れたので、泳ぐのをやめ、しばらくぼんやりと彼女の泳ぎを見ていました。
すると、途中で立ち止まった彼女と目が合い、彼女が首を傾げます。
「いや、あまりにも泳ぎが綺麗なので、つい見惚れちゃいました」
偽りのない本心です。
「小学校から大学までずっと水泳をやっていたんです」
「そうなんですか。道理で綺麗なフォームだと思いました」
彼女が照れたように微笑みます。正直なところ、この笑顔に完全に一目ぼれしてしまいました。
「あたし、2階に住んでいる角田といいます」
「自分は6階に住んでいる木村です」
どぎまぎしながら、自己紹介で返します。
「木村さんはゴルフはやられないんですか?」
「自分は全然。ゴルフやると毎週仕事関係の誘いが入りそうなんで嫌なんです」
「いいなあ。うちの旦那なんか毎週土日はゴルフで朝早く出て行って、昼過ぎに帰ってくるし、ひどいときはそれから打ちっ放しに行っちゃうんですよ」
典型的な東南アジアの現地駐在員だな、と思いました。日本に比べて料金が格段に安いので、土日はゴルフが当たり前、という人はとても多いです。
「そうなんですか? 勿体ないな、旦那さん」
「え?」
「だって、こんなにきれいな奥さんなら、ゴルフなんか行かなくても毎日が楽しいだろうな、って思って」
「ええー? またまたー」
あはは、と笑う彼女。ここでさらに畳みかけても警戒されるかな、と思い、ほめるのはこの程度で止めておきます。
「ここ、単身者向けのコンドだから、ママ友とかいないんじゃないですか? つまらないでしょう?」
「うちはまだ子供いないんですよ。それにあたし、あまり深いご近所づきあいが苦手なんで、ここにしてもらったんです」
そういえば、駐妻のグループづきあいは結構気遣いが大変で、家族帯同の会社の同僚も、奥さんのママ友づきあいが気まずくなったので、引っ越しを考えていると言っていました。苦手な人は最初からあまり関わらない方が良いのでしょう。
その後は、この街に関する情報など他愛のない雑談をして、その場は別れました。
それからというもの、ロビーやエレベーター、買い物先のスーパーなどでちょくちょく顔を合わせることが多くなり、話をすることが増えていきました。彼女からわざわざ呼び止められることも多々あるので、嫌がられてはいないようです。
そして、彼女の名前がゆうみさんで、自分より3つ年上の33歳であること、旦那さんは5歳年上で、職場結婚だったということを知りました。
出会ってから数カ月過ぎた頃には、私は彼女のことを「ゆうみさん」と下の名前で呼ぶようになっていました。
そんなある土曜日のお昼前のことでした。
私がコーヒーを飲みに行こうと、ロビーまでエレベーターを降りると、彼女もちょうど、コーヒーメーカーでカプチーノを入れているところでした。
「あら、こんにちは。せっかくの土曜日なのにどこも行かないの?」
彼女が少しからかうように小首を傾げながら聞いてきます。
「特に行きたいところも無くって。ゆうみさんこそ、どこにも行かないんですか?」
「夫が昨日の夜から日本に出張だから、サボって部屋でゆっくりしようかな、って」
少し寂しそうな笑みを浮かべる彼女。これはもしかしたらチャンスかも、と思い、
「え? 日本出張って、普通は日曜の便でしょ?」
と、敢えて波風を立てるように返しました。
「土日、向こうで学生時代の友達と会うんだって。嬉しそうに出て行ったわ」
そう言って膨れるゆうみさん。
「ふーん。俺が旦那さんなら、ゆうみさんと離れたくないからギリギリまでここにいるけどね」
「も、もうっ、またまた変なこと言わないでよ」
ゆうみさんが照れたように私の二の腕を軽く叩きます。
「暇ならこのまま俺の部屋でお茶します? 取引先からピエール・エルメのマカロンをお土産でもらったんだけど、一人じゃ賞味期限内で食べきれないし」
「え? 高級マカロンじゃない。いいの?」
「もちろん」
「やったー」
ゆうみさんが嬉しそうにパチパチと手を叩きます。まさかこんなに上手く行くとは。絶妙なタイミングでもらったマカロンに感謝です。
そしてそのまま、ゆうみさんを連れて部屋に戻りました。正直、心臓はバクバクです。
「へー、単身者用のお部屋ってこんな風になっているんですね。すごく綺麗にしてるんですね」
彼女が興味深そうに私の部屋の中を見回します。
「今日はメイドさんが入ったから。週に3日入ってもらってるんですよ」
「そうなんですか? メイドさんって、いくらぐらいするんですか?」
「月3,000ぽっきりですよ。洗濯もやってくれて」
「すごーい。いいなあ、うちは全部あたしがやってますよ。あたしの働きは月3,000ってことか……ショックだわ」
「でもゆうみさんは食事も作ってるんでしょ?毎日だし、3,000ってことは無いよ。旦那さんが羨ましい」
彼女が照れたように、指でこめかみを掻きます。
「木村さんお上手ね。じゃあ、せっかくだからお昼作ってあげようか? まだでしょう?」
「え?」
「一人で作って食べるのも味気ないし、せっかくだから。マカロンはまた後でね」
「本当ですか? じゃあ、お願いしようかな」
彼女は冷蔵庫の中のありものだけで、手際よく、自分には思いつかないような昼食を作ってくれました。
「美味しい!」
「ほんと? やった」
彼女が嬉しそうに微笑みます。その笑顔が本当に可愛くて、胸が躍ります。いつも以上に会話も弾み、お互い食べ終えて一息つくと、彼女が立ち上がってお皿を重ね始めました。
「ああ、いいですよ。後片付けは俺がやりますんで」
「大丈夫、最後までやらせてください。食材も勝手に使っちゃったし、あたしもちゃっかりいただいちゃったので」
「でも」
「嬉しかったんです。美味しいって言って沢山食べてくれて。あたしの手料理喜んでもらえたの、久しぶりだったから」
「ゆうみさん……」
寂しそうな彼女の背中。海外までついてきてくれた奥さんをほったらかし、勝手の違う異国で一人心細い思いをさせて、自分は好き勝手にやりたい放題。そんな彼女の旦那さんに言いようのない怒りがこみ上げてきます。
「えっと、こっちが食器用のスポンジでいいんですよね?」
私はゆうみさんがいじらしくなり、シンクの前に立った彼女を後ろからそっと抱きしめました。
「さっ、木村さん?」
「自信持ってください。ゆうみさんはすごくいい奥さんです。俺なら絶対に離しません」
「木村さん……」
はねつけられるかな、と思いましたが、ゆうみさんは大人しく自分の腕の中に納まってくれています。
「ゆうみさん、今だけ、俺の奥さんになってもらえませんか?」
「え?」
「俺、ゆうみさんのことが好きです。一目見た時から、貴女に心を奪われました」
「で、でもあたしは……」
「貴女は家政婦や給仕なんかじゃない。すごく、すごく素敵で魅力的な女性です。」
「好きなんです、ゆうみさん。大切にします」
私はゆうみさんの頤に手を掛けて振り向かせると、彼女の唇を塞ぎました。
「んんっ」
警戒されないように啄むようなキスを心がけます。しばらくして、閉じていたゆうみさんの唇の力が緩んだので、そっと、唇を舐めながら徐々に開いていきます。そして、自分の舌先がゆうみさんの舌に触れました。そこからは一気に彼女の舌を絡めとります。激しいキスになり、私は彼女の頭を支えながら、唇を貪りました。恐らく5分くらいはキスをしていたと思います。
やがて、唇を離すと、ゆうみさんはシンクの淵に手をついて身体を支えました。
「だめです、木村さん。これ以上は……」
息を整えながら、私の胸に手を添えて制します。でも私は止めるつもりはありませんでした。
「ゆうみさん、好きです。あなたのことが好きなんです。ゆうみさんは俺のこと、嫌いですか?」
「そんな、嫌いなんかじゃ……」
その言葉を聞いて、私はゆうみさんをお姫様抱っこの形で抱き上げると、寝室に連れて行きました。そして綺麗にメイキングされたベッドに彼女を寝かせると、両手を抑えて見つめました。
「だめ、木村さん。お願い……」
「大切にします、ゆうみさん。私のものになってください。お願いです」
真剣な表情で彼女を見つめます。彼女もまた、私のことをじっと見つめていましたが、やがて、そっと目を逸らしました。
「……今日だけって、約束してもらえますか?」
「はい。その代わり今日だけは私の奥さんとして、私の愛を全身で受け止めてください」
「……分かりました」
その返答を皮切りに私は彼女の首元に顔を埋めました。
長くなったので一旦切ります。