当日の朝、会場になった都内のホテルの宴会場に向かった。宴会場前のエントランスには志保のセミナーを運営会社名と今日のセミナーなタイトル、新しいリーダー像。これからの時代のリーダーシップと書いた立看板やポスターが並んでいる。俺は会場前に大人数のスタッフが対応しているカウンターで受付参加費用三万円を支払い受付を済ませると中野と自分の名前の書いた名札を手渡されて胸につける様に指示された。俺は言われた通りに胸に名札をつけて会場に入った。宴会場の半分はテーブルと椅子が並べられている。俺は折り畳みのテーブルのパイプ椅子に腰掛けた。講演の開始時間までまだ間があったがもう席は8割、100人近い受講者で埋め尽くされ驚いた事に受講者数や規模、全て俺の想像を遥かに超えたものだった。テーブル席の向こうには演壇がしつらえてあり、何かを投影するのだろうか演壇の背には大きなスクリーンが下がっている。朝9時になった。講義は9時からだとパンフや受付で貰った印刷物にも書いてある。その9時だ。何かあって開始が遅れているのだろうか。おかしいとは思うが周りは知らない者ばかりである。開始時間を確認する為にパンフを取り出したりする音だけが会場内に響いている。9時5分を過ぎた、流石に会場内が遠慮がちにザワザワしてきた。それぞれ隣の初めて会う人間に9時5分過ぎてますよね。誰も来ないですね。100人近くの視線の先には開始時間を過ぎてもスタッフ1人出て来ない無人の演壇。9時10分。流石に会場内がざわつき始めた。その時、会場の横の扉が開き何人かの人間が入ってきた。よく見ると入場して来たスタッフの先頭に先日の合コンの時とは全く違うスーツ姿の志保がいた。志保はざわつく会場に入ってくると演壇に立った。ざわつく聴衆に志保の声が響く。今、何時ですか?ざわつく聴衆。志保は聴衆のざわめきぐ止むの悠然と待ち、静かになったところで今、何時ですか?ともう一度言う。聴衆が口々に9時12分だ、13分だと言うと、開始時間は9時からになっています。貴方は今日三万円と言う大金を払って来ている。わたしは9時からずっと扉の向こう側に居ました。三万円も支払って、開始時刻になっても誰も来ない、それなのに誰一人受付に文句を言いにくる人間がいない。貴方達は、三万円も支払っているのに誰一人立ち上がり文句を言いに行くどころか10分間もただ座って待っているだけだった!志保は静まり帰る聴衆を見渡し、あなた方はリーダーシップを勉強する以前に自分から行動する事が出来ない、1番リーダーシップから遠い人間です!先ずは、自分がこんな場面で多くの人間と同調して声もあげられない人間である事を自覚して下さい!と言い放った。志保は何かオーラに似た感じを出して100人近い聴衆を黙らせる迫力があった。志保はリーダーシップについて語り、これから簡単なゲームを皆さんにやって貰いその体験から今後、自身のリーダーシップについて皆さんに考えて貰おうと思います。皆さん、テーブルに配布してある紙、筆記具を持って会場の後ろのスペースに移動して下さいと言う。皆、筆記具を持ち会場の半分を占めるテーブルや椅子の置いていない絨毯の上に集まった。ワイヤレスマイクを持った志保が、立って待つ100人近い聴衆の前に進み出る。それでは皆さん5人づつ組になって下さい。はいスタート。俺は周りの人間に戸惑いながら声を掛け、近くにいたものと5人組を作った。志保は、はいそろそろ良いですか?と声を上げて、余っちゃった方いらっしゃいますかと聴衆に聞いた。組にあぶれた方、前に出て来て貰えますか?と志保が言うと3人程が志保の前に進み出た。はい。今わたしは皆さんに5人組になって下さいと指示しました。ここにいらっしゃる3人の方は5人組に入れなかった方々です。志保は手にしたファイルから茶封筒を取り出すと3人に手渡した。渡し終えると聴衆に振り向き、残念ながら彼らはここで失格とさせていただきます。彼らはわたし共のセミナーを受けても、私達が効果を出せない方々どす。心苦しいのでお預かりした受講料を今、お返ししました。では失格者の皆様お疲れ様でした。どうぞご退場下さい。皆様、拍手でお送りしましょうと言った。集団心理なのだろうか、それともあんな風に晒し者にされなかった安堵感なのだろうか、意地悪な気持ちも生まれていたのかもしれない。俺も聴衆達と一緒に拍手をした。失格者と烙印を押されてた3人は複雑な顔して手には茶封筒を持ち拍手に押し出される様に退場した。志保は、それでは選ばれた方々に先ずはおめでとうございますと申し上げます。彼らは今日たまたま5人組に入れなかった。明日やればもしかしたら彼らが入れて、組に入れず退場したのは貴方だったかもしれません。ただはっきりしているのはチャンスを最大限活かすにはチャンスを掴む、逃してはいけないのです。明日チャンスは来ないかもしれない、常に今日のチャンスを掴める人が先ずはリーダーシップを発揮して成功する最低条件なのです!
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人間心理とはおかしなもので、初対面の素性の分からない人間から、食事の時間や集合時間、場所を指示され、それに従う状況下に置かれるとそこにハッキリと上下関係が生まれてくる。セミナーでは、休憩時間、昼食会場とその場所、時間が運営部から吉田リーダーへ伝達され、それを吉田から西田副リーダーに伝える。西田が俺たち役無しの残り3人に伝える形になった。何度か伝達が有るうちに、俺たちヒラのメンバー間にも変化が起きる。人の良さそうな小太りの三橋は副リーダーの西田に対して胡麻をする様な言動が目立ち始め、若い富田は必ず西田の隣りの位置に立ち、西田に対して伝達内容にいちいち大袈裟に頷き、話を良く聞いていると言うアピールをし始めるようになった。西田は俺にジャンケンで勝った事からなのか、明らかに俺に対して自分の方が立場が上である事を強調する言い方や態度である。その後も幾つものミニゲームが続いた。ゲームの度に運営スタッフがサクセスポイントと言う呼び方をする得点等がスタッフが手に持つ採点表に書き込まれていった。全てのゲームが終了して参加者は再び演台前の机に着席させられた。会場の照明が落とされ大袈裟なファンファーレが鳴り、壮大な印象の音楽が会場に流れた。演台にスポットライトが当たると大胆に胸が大きく開いた白いドレス姿に着替えた美しい志保が立っている。それでは表彰式に移りますと志保が言う。各チームごとの最高サクセスポイント獲得者を発表します。名前を呼ばれた方は前のステージにお越し下さいと笑顔で言う。それでは早速、第一チームのウィナーは上田隆行さん!名前を呼んだ瞬間上田と言う男にスポットライトが当てられる。スタッフに即され立ち上がる上田と言う男。皆さん、素晴らしい成績を収めた上田さんに拍手を!と志保が叫ぶ。会場から拍手が湧く。志保は上田さん、どうぞステージへお越し下さいと言ってステージに上がった男に、おめでとうございます!と言って派手な金メダルを上田の首に掛け、スタッフから受けた花束を恭しく上田に手渡し握手をした。その後、12チームのそれぞれ最高得点者が表彰されていく、俺たちのチームは意外なことに吉田リーダーでは無く副リーダーの西田が最高得点者と表彰された。12人の首からメダルを掛け、花束を手にした男達がステージに並んだ。志保は1人1人に申し込み用紙に付いていたアンケート内容からリサーチして作ったのであろう内容を話し始める。上田さんは、いつも仕事で色んなアイデアが浮かぶけれど自信が無くて皆に話せなかった。そんな自信を持てない貴方が今日、私達のプログラムの中で幾つかの気づき。きっかけを得て自信をつけて行きました!その結果、チームではリーダーを務め上げて最高得点。サクセスポイントを獲得していきました!今年小学校に上がったばかりの息子さん、タカヒロくんにも自信を持って生きていく父親の背中というものを今日から見せてあげられるのでは無いですか?驚いた事に上田と言う男は、感極まり涙ぐんで志保の言葉に頷いている。マイクを渡され涙声で有難うございます!と答える。上田さん実はですね。今回の体験コースで最高得点者の特典で更に次の大きなステップになる本セミナーの3泊4日の集中合宿コース、エグゼクティブプログラム魁45万円の特別リーダーシップ育成セミナーが、今回30万円のお得な価格で受けられる権利が与えられるんですよ!どうしますか?更に上を目指してステップアップしませんか?参加されますかー?上田は泣きながらはい!勿論です!と叫ぶ。志保は会場の皆さん!上田さんは更に上のエグゼクティブプログラム受講を決意しました!さらに成功に向かう上田さんに拍手を!と叫ぶ。俺は圧倒された。志保はステージに上がった12人を褒め称え会場を煽り、結果全ての男達に30万の受講料を支払わせる流れを作りきった。合計360万。つまり今日100人近くから3万づつ合計300万よりも多い売り上げだ。はなから俺たちの様に次、来るか来ないか分からない奴らなど相手にしていなかったのだ。ゲームを繰り返し自尊心が高いやつ、見栄張りなやつ、依存体質の人間を探しより金の取れる人材を選択していたのだった。それが証拠に終了後、志保は最高得点者では無いが成績優秀者と称して何人かの男に、結果は残念でしたが貴方は資質が備わっている。最高得点者同様に45万を30万の特別割引を致しますのでご参加下さいと胸の開いたドレスで声を掛け書類にサインさせていた。成る程、田中の言う通り非常に勉強になった。ある意味商売の真髄のひとつがここにある。俺は勿論エグゼクティブだの更に上のコースだのには興味は無いが楽しめたので満足して会場を後にしようとした。受付で名札を返して、クロークに預けた上着を受取ると中
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