19歳の私の若茎を握り、私に跨って膣に導き、ズブズブと陰茎を膣に埋めて私の童貞を奪った妻。
妻は中学時代の恩師で、竹下景子に似た超別嬪、清楚で知的な美人先生に私はずっと恋焦がれて何度も気持ちを打ち明けたが、
「気持ちは嬉しいけど、高校を卒業していない男の子とそういう関係になってはいけないのよ。」
と言われて高校を卒業して就職するまで待った。
そして30年前、19歳の私は、35歳の妻で童貞を失い、その熟した身体に溺れた。
妻も若い私の若い身体に溺れていった。
「若いっていいわぁ~。硬くて、一度果ててもすぐ復活するし、素敵~~」
と蕩けるほどの蜜壷で、若茎を咥えてクチョグチョになっていた。
清楚な美人教師が大股を開き、クンニの指導。
「もっと舐めてぇ~!そこそこ、吸うように舐めてぇ~・・・」
ついにクンニで痙攣イキしてしまうまでになった。
童貞を捧げた3年後、夫婦となった。
毎晩、16歳年下の教え子若茎を満喫する日々が続いた。
早く子供が欲しかったから、毎晩二度三度と連続して中出しし放題で、三十路も後半の熟れ熟れの蜜壷に子種汁を流し込み、結婚した翌年、女の子を出産した。
そして今年、その子が嫁ぐ。
その花嫁姿を、妻に一目見せたかった・・・
妻は3年前、62歳でこの世を去った。
教師を退職し、地域のためにと学童保育の現場を手伝っていた。
その子供たちの目の前で、暴走したトラックに跳ねられた。
妻は亡くなり、居合わせた子供達にはPTSDが残った。
今年嫁ぐ娘の婚約者は娘の2歳年上で28歳。
彼は娘と逆で、6年前に父親を事故で亡くしている。
昨年、結婚話が出た際、私と彼の母親が面会した。
彼女は裕美という可愛らしい51歳の女性だった。
裕美は若々しく可愛らしい美貌で、51歳どころか俺よりもずっと年下に見える究極の美魔女だった。
そして、娘たちから提案があった。
それは、娘が彼の家に嫁いだら、裕美は家を出て私の家で暮らすというものだった。
再婚はしないで、同棲だ。
年が近い男女だから、夫婦のように暮らし、いつかこの世を去ったら連れ合いの墓に眠るというものだった。
それを前提に、昨年から48歳の俺と51歳の裕美が交際を開始した。
そして3回目のデートで、俺は、人生で二人目の女性となる裕美を抱いた。
この半年は、週末は娘が彼の家に、裕美が俺の家で過ごし、来月結婚した後の生活の基盤を整えている。
もちろん夜は愛し合う。
裕美は52歳とは思えないほどシワが少なく、少女のような肌だ。
二重瞼が可愛らしい顔とは対照的に、とてもエッチな身体をしていて、Cカップの美乳にはプックリしたエロい乳首、ムチッとしたお尻から腰にかけての肉付きの良さは52歳の色気を感じさせた。
今まで、16歳年上の妖艶美人と暮らしてきたが、3歳年上とは言え40歳に見える裕美と亡き妻の実感年齢差は25歳くらいある。
俺の家には妻の仏壇があり、裕美が来る前に手を合わせ、亡き妻に有美と交わることを詫びている。
裕美も家を出てくる前に亡き夫の仏壇に手を合わせ、俺に抱かれることを詫びてからやってくるそうだ。
裕美とお風呂でイチャつき、布団で絡みあいながら、裕美の股を開いてクンニの体勢になる。
亡き夫に愛されたドドメ色の花弁を広げ、赤らんだ花芯を吸い上げて転がす。
亡き妻に仕込まれ、亡き妻が腰を震わせて悦んだクンニだ。
そして、裕美にフェラしてもらう。
亡き妻とは全く違う舌使い、亡き夫に仕込まれたその舌使いを堪能する。
49歳の肉茎を蜜壷に挿し込み、一時妻を忘れて腰を振る。
裕美の耳元で、
「亡くなったご主人に申し訳ないけれど、裕美の身体を堪能させてもらてるよ。」
「ああ、あなたごめんなさい・・・それから、奥様にも・・・」
罪悪感と背徳感が混じり合うが、それさえ燃え盛る淫蕩な興奮の燃料にして、燃え上がってしまう未亡人熟女特有の淫らさを裕美は持ち合わせていた。
落ち着いた大人の清楚な奥様という雰囲気だが、熟した身体の奥底には、淫らな欲望を秘めていて、閉経したばかりの蜜壷に子種汁を注ぐとき、
「アァアァァアァァァ~~~熱い精液で孕ませてぇぇぇぇぇぇ!ごめんなさい、あなた以外の精液で孕んじゃう~~~」
と言いながら痙攣するのだ。
俺は、娘が嫁いだ後の、裕美との暮らしが楽しみで仕方がない。
妻よ、許せ・・・暫し夢の時間を生きたらお前の元に必ず行くから・・・