中二の時に美容院の軒下に干してあるパンティとブラジャーで興奮してそれを無意識に・・・にあてたら
射精したのが私の性体験の始まりです。当時は下着泥もあまり話題になることもなく
中三まで下着を盗んではオナニーしまくりでしたが、ある時、母親に盗んだパンティ、ブラジャー、ガーターなどが
みつかり、激しく怒られ、それからしばらくは下着泥をやめていましたが、
この性癖からは抜けられませんでした。高校入試が終わった後、朝早い教室で前からあこがれていた
K子の机に掛っていた巾着にブルマーを発見してそれにたっぷりと精液をかけてからは再びオナニーの小道具として下着泥を再開しました。
もう家に盗んだ下着を置いておくことはできなたいため、家から少し離れた農家の作業小屋で
オナニーをした後、その近くの林に何重にも重ねたナイロン袋に入れて
隠しておきました。そして、ある時下着を使ってオナニーしている現場を作業小屋のおばさんにみられたのです。
このおばさんには以前も農作業小屋にかってに入ったことで
怒られたことがあります。そして今度はオナニーをかってに入って
していたわけですから、怒るのも当然です。私はうなだれておばさんの
説教を聞くしかありませんでした。当時、K子に好意を持っていたため、
単なるおばさんとしか思っていませんでしたが、説教の最中よくみると
まだ若く35,6で、農作業で顔は日焼けしていましたが、かなりの美人でした。
後でわかったのですが、おばさんちは中学の時私が肌色のストッキングを10ほど
盗み、その後も裏庭に干してあるピンクのブラジャーなどを盗んだ農家でした。
結局、その時も怒られましたが、もう二度とここには来ないこと、下着泥は
やめることを誓わされて解放されました。そして、しばらく経ったある時、そのおばさんが偶然、私が
ストッキングとブラジャーを盗んだ農家に入っていくのを見てしまったのです。当時、ブラジャーのサイズは
トップバストのサイズで表示されており、盗んだブラのほとんどは80Aか85Aでまれに90Aのものがあるぐらいでした。
おばさんの住んでいる農家から盗んだピンクのブラジャーは90Aありました。あのおばさんが豊満なバストの持ち主で
あることがわかり、それからはK子の家から盗んだブラジャーとパンティ、A子さんのピンクのブラジャーが私のオナニーの
道具となりました。ちなみにK子のブラジャーのサイズは75Aしかありませんでした。貧乳と巨乳がはからずも私の性の対象に
なったということは今から考えると少しおかしいですね。