地下鉄のなんばの駅を
出て、高島屋やなんば
シティのほうへ行く地
下通路。当時60才の恭
子は、小柄で、ベー
ジュの木綿のコートは
派手でなく、
まわりにはあまり目立
たなかったと思うが、
僕には、髪型と化粧の
感じがどうも普通の主
婦ではないことをうか
がわせ、なにより顔が
整っていて好みだった
ので、すぐ後ろについ
た。
しかし、どうもこの歩
き方はなんだろうとい
う感じ。きっちり一定
の速度でまっすぐ歩
く。買い物に行くよう
でもなく、急ぎ足でも
ない。が、約10m先
を、後ろを何度も振り
返りながらひょっ
こょっこ歩くジジイが
いるのを見つけて、納
得できた。つまり、二
人は連れで、男はハ
ヤっていて、「早く来
てくれ」という気持ち
だけど、女は自分の速
度でしか歩く気がない
のだ。あぁ、慌てて声
をかけないでよかっ
た、とホッとした。
夫婦なのかな、なにか
ちょっと違うようだ
な、と思って一緒に進
むと、南海難波駅で地
上に上がって、スイス
ホテルのエレベータに
乗った。ロビー階まで
3人だけで乗ってい
て、観察させてもらっ
たけど、男は70近い。
痩せてて、上着なんか
も良いものに見えな
い。それに比べると女
の方はまだまだ色気が
残っていて、ちょっと
つりあわない。二人は
ずっと無言のまま。
その時点ではまだ、こ
れから食事でもするの
かな、という予想も
あったけど、事態は急
展開した。ロビー階に
着いて、男はレセプ
ションデスクに向かっ
たのだ。つまり、二人
はこれから泊まろうと
いうわけ。まだお昼な
ので、おそらくデイ
ユースだ。ということ
はたぶん浮気だ。思わ
ず面白いドラマを見た
気がして興奮したけ
ど、彼女は、彼の左後
ろ、彼からはちょっと
死角のところにある、
ロビーラウンジのほう
に向いている長いすに
座って、手続きが済む
のを待っている。
全くとっさの判断だっ
たけど、一瞬の猶予も
ならないと思って、近
づいて、僕は名詞を出
しながら、「ほんとに
すみませんけど、お願
いしたいことがあるん
です。ここに電話お願
いします」と言った。
彼女はキョトンとした
まま、何も言わないで
受け取った。というよ
り、何も言う間がない
うちに、僕は離れた。
次の日、恭子から「ど
ういうことですか。あ
んなこと。失礼じゃな
いですか?」と職場に
電話があって、この2
月に彼女が急死するま
での、4年半の交際が
始まった。僕もたくさ
んの女性を誘ってきた
けれど、連れの男がい
る女に、スキを見て声
をかけたのは、これが
初めてだ。相手の男に
よってはこちらの身が
危ないので、簡単にで
きることじゃない。
彼女とどう付き合っ
て、どんなプレイをし
て、どう仕込んでいっ
たかは、ここでみなさ
んが書かれているのと
大して変わらないの
で、省略する。
一応「謎」の答を言っ
ておくと、恭子は結婚
していて子供もいる。
亭主はちょっと派手な
事業。恭子は昔は自分
で店をしていて、この
ジイさんは昔その店が
危なかったときに、多
額のお金を恭子の夫な
どに内緒で援助してく
れた人で、そのときに
は身体のこととか条件
は何もつけられなかっ
たけど、その後、たま
に望まれたときに、
「サービスで」会うよ
うになっていたのだっ
た。