私の耳の後ろで低く囁いた峰先生にびくりとし、固まってしまった果歩。
その後先生は、セクハラを意識させてしまったのか…申し訳なさそうに少しおどけて謝った。
「いえ…すみません、本当に真剣に読んじゃったんです。」
私もまだ整わない息を紛らわわせ明るく答えた。
思えば担当者が峰先生の応接室にあった本を堂々と読んでも構わないのだ。
過剰反応をしてしまって申し訳く思う。
(やはり私は普通の癖ではないのだろう…)
ソファーに座り官能小説を書くに至った経緯を話し始める峰先生。
立っても座っても絵になるスタイル。
先程まで目をかざしていた指。男らしいが…長くしなやかさもあり美しさが勝る。
『幻滅したかい…?
恋愛小説家が裏では官能小説を書いていた…なんて。』
『私の方から編集長にこの旨を伝えれば、君に一切の不利益がないように別の作家への再配属は可能だ』
「え、あ、いえ、幻滅など…いたしませんでした、意外でしたけど、やはり峰先生はどんな作品でも…」
先生の担当は離れたくないです、私ではだめでしょうか」
更に感想めいた事を言いたかったが、やましさが口を止める。
それより峰先生に会えなくなるのは嫌だ…
尊敬と憧れに『もうひとつ』が足された今、なるべく傍に居たい。
『可能なら君のような、若い女性の感想も聞きたい。
何を思い、どう感じるのか、何が足りないのか、もっと必要なのは何なのか…。
より良い作品を…と言ってくれたね…、私はむしろこっち側に力を貸してほしいと思ってもいるんだ…。
もちろん…。どうするかは、君が決めること』
「ご協力致します、させて下さい、先生のためになるのなら…」
正直に話す事は自分にとってまずいのかもしれない。
普通の官能が理解できるのであればもっと良かっただろう。
だが、今の様な作品なら他の人間が分からない事も少しなら言えるのではないか…。
『だけどね…。いずれにしても、しばらくはゴーストライターに身を置く期間にはなっているんだ。
その手の中にあるものに、興味が出てこなかったら…少しつまらない期間を過ごさせてしまう事に…なってしまうね…。』
「いえ、先生の別の顔の作品、楽しみにしてるんです。
全部読ませて頂くつもりでした。」
微笑みながら果歩は担当から外されまいと必死だった。
膝に肘をつき、少し前かがみ気味に両手の指を交差させて口元が隠れるような体勢。
射るような視線で果歩を見つめながら、男はそう話した。
先程の柔らかに笑う峰先生とはまた違う顔…。
射るような目で私の内側を見ている様だ…
(あの指で……)
果歩は目に焼きつける様に動きを見る。
(仕事中なのにいけない…)
先程の恥ずかしさを引き摺りながらも峰先生に外されぬよう必死にアピールする。
「お力になれるのなら『何でも致します』」
縋る様に言う。
※元投稿はこちら >>