「あぁ…ありがとう…。
今日はもう上がってくれていいよ、後は私が対応しよう。」
アシスタントから果歩の来訪を聞き、男は言葉を返した。
実際、アシスタントという位置付けではあるがほとんど家政婦に近い。
漫画であれば話は変わるだろうが、小説となれば9割方文字での勝負。
思い描き、言葉にして紡ぐ、それらは基本男が一人で進め、終わらせる。
気分転換程度に誤字脱字の確認依頼をすることもあれば、ただただ家事を依頼こともある。
果歩がリビングに通されてしばらく経った頃、アシスタントは軽く挨拶をしてその場を後にする。
編集者が作家の家を訪れ、待合のリビングに座する。
絵面自体はさほどおかしなことはない。
しかし、配属されたばかりの新人編集者が早々にそのような状況に置かれるのは少し珍しい光景だった。
とはいえ、それを果歩本人が珍しいと感じる術はない。
「そう言う物なのだ」と思ってしまえばそれまで。
ブラック企業であれ、ホワイト企業であれ、新卒として就職した会社が彼ら彼女らにとっての普通になっていくのと似たようなものだ。
「…。」
アシスタントの帰宅を確認すれば、男はパソコンから別のアプリケーションを起動させる。
すると、画面上に一人の女が部屋の中にいる光景が映し出された。
見慣れた風景、リビング…ローテーブルに、ソファ…、そして本棚。
言うまでもなく、そこは書斎から扉一枚を隔てたリビングの様子だ。
「やはり気になったかい…。好奇心旺盛なお嬢さんだ…。」
女は本棚の前にいた。
それも、作品の背表紙が全て見える棚の方ではなく、普段は布を掛けていたもう一つの棚の前。
そこには一定数しかし知らない、男がゴーストライターを務めるSM官能小説が並んでいる。
カチ…カチ…とマウスを数回クリックすると、映像のアングルが切り替わり、本棚の隙間に設置したカメラがとらえた映像が映し出される。
そこからは果歩が手にしている書籍のタイトルはもちろん、目にしている果歩の様子、表情も見える。
「あれは確か…。
見てはいけないモノを目撃してしまった女が捕まってしまい、視覚を奪われた状態で媚薬や自白剤を盛られ、内なる気質を無理やり引きずり出される内容だったな…。
結局解放されるが、その時の甘い拷問、躾が忘れられず一人なってからの「慰め」も頻度を増し、それでも満たされない体を満たすために、今度は自らの意思で求めてしまう…。
割と人気の作品だった…。
中島さん…と言ったかな…、君は気に入ってくれるのかな…?」
あまりにもジャンルが違うことで、実際に知る人は少ない。
しかし、熱狂的なファンほどわかるのは、男の独特な言い回しだ。
時折見せる物腰柔らかい口調、しかしそこに続くのは抗いを許さないような甘い圧。
その飴と鞭のような駆け引きが、特に10代、20代の心を掴むこととなっていた。
そこに性的な要素をプラスし、より生々しく、より卑猥で、より甘い。
峰という男を感じさせる節が、要所要所に散りばめられている。
『それでもまた私のところへ足を運んだ、その意味、を君の心と身体は理解しているのかな…?』
「…。」
時間にして10分程度、読みふける様子をカメラ越しに見つめながら、ゆっくりと果歩の死角になる書斎の扉から出ていく。
そっと背後に立ってもなお気づかないのは、それほど集中しているという事なのか。
薄く笑みを浮かべると、男は長く太い指先をそろえた両掌で、果歩の目元を覆うように添えると
「気になる本でも…あったのかな…?」
そう小さく耳元で呟いて。
【本の内容を少し描くことも考えましたが、描きすぎると蛇足になるかなと考えほどほどにさせていただきました。
少しそっとして、その内容からどう感じ、身体にどのような変化を見せるのかを覗くということも考えましたが…。
それはまた別の機会にしようかなとおもっています。
少しトラブルもありましたが、整えなおしてくださってありがとうございます。
お手間だったと思いますが、とても嬉しいです。
互いのイメージの違いは都度お話ししながら修正していきましょう。
本当に、ありがとう。】
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