波瑠はシートに体を預けながら、隣に座る雄馬の顔をじっと見つめていた。
頰は酒で上気し、普段はきりっとしている目元が少し潤んでいる。
終電を逃したことを理由に「私の家、近いから…」と誘ったものの、内心では自分でも驚くほど鼓動が速くなっていた。
「……ねえ、今森くん」
低く甘い声で囁き、指先で彼のネクタイの先を軽く摘まむ。
タクシーの暗い車内の中で、波瑠の唇がわずかに弧を描いた。
「もうこんな時間だし……私のマンション、もうすぐよ。
少し休んでいく? 無理に帰らなくていいから……」
そう言いながら、波瑠は少し体を寄せ、肩が触れるくらいの距離に近づける。
柔らかい吐息が雄馬の耳にかかるように。
「仕事の愚痴、もっと聞かせてくれたら嬉しいな。
……それとも、ただ黙って一緒にいるだけでもいいの。
どう? 嫌じゃない……よね?」
波瑠はそう言い終えると、長い睫毛を伏せて上目遣いに雄馬を見つめた。
普段は部下を厳しく指導する女上司の顔ではなく、酒の力も借りた女の、甘く危うい表情だった。
「私の家、広いベッドあるし……ゆっくり休めるよ?
……雄馬くん、今日は特別に、甘えていいんだから」
黒木波瑠 40歳 課長
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