契約当日。
私は、鏡の前で何度もため息をつきながら、服を選んでいた。
最終的に選んだのは、白を基調とした膝下丈のシンプルなワンピース。
袖は七分袖で、胸元は控えめなVネック。ウエストは軽く絞られているが、全体的にゆったりとしたシルエットで、露出は極力抑えた上品なデザインだ。
下着は白のシンプルなレース付きブラとショーツ。夫の好みで少しだけ華やかなものを選んではみたものの、なるべく「清楚で真面目」な印象を崩さないようにと意識した。
「これで……大丈夫よね……」
鏡に映る自分を見て、小さく呟く。
黒髪は肩くらいの長さで軽く内巻きに整え、薄いメイクにナチュラルな口紅。
清楚で優しい人妻、という印象を保ちたいという気持ちが強かった。
夫・賢太郎は後ろからそっと抱きついてきて、耳元で囁いた。
「すごく綺麗だよ、友梨奈。八谷さんもきっと気に入る」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「気に入る」という言葉が、今日がただの「契約」ではないことを強く意識させた。
車の中で、友梨奈は夫の手を強く握っていた。
膝の上で指が微かに震えている。
窓の外を流れる夜の街灯をぼんやりと見つめながら、私は太ももをそっと閉じ合わせた。
下腹部の奥が、嫌でも熱を持ち始めているのが自分でもわかった。
「賢太郎さん……怖いよ……」
小さな声で呟くと、夫は優しく、でも興奮を隠せない声で答えた。
「大丈夫。僕がついているから」
〇〇セントラルホテルの地下駐車場に車を停め、夫婦でエレベーターに乗り込んだ。
友梨奈は夫の腕に寄り添うように立っていた。
エレベーターが上昇するにつれ、心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。
「賢太郎さん……本当に大丈夫……?」
「うん。大丈夫だよ。今日は契約だけだって言ってるし」
夫の声は優しいが、興奮しているのが私にはわかった。
1001号室の前に着いた。
夫がインターホンを押すと、数秒の沈黙の後、低く落ち着いた男の声が返ってきた。
「どうぞ、入ってください」
ドアが開くと、そこに立っていたのは長身の男——八谷幸喜だった。
黒のシャツにダークスラックスというシンプルだが、どこか威圧感のある服装。
鋭い目つきと、薄く笑みを浮かべた口元。
「山根賢太郎さん、そして……友梨奈さんですね」
八谷さんはまず夫に軽く会釈をし、次に友梨奈に視線を移した。
その視線はゆっくりと彼女の顔から胸元、腰のラインまでを舐めるように這う。
友梨奈は思わず目を伏せ、肩を小さくすくめた。
白いワンピース越しに、男の視線が肌に突き刺さるような感覚がした。
「初めまして、八谷幸喜です。
今日はよろしくお願いします……友梨奈さん」
低く、含みのある声で名前を呼ばれた瞬間、背筋にぞくりと震えが走った。
夫が横で挨拶を返す中、友梨奈は小さく頭を下げた。
「は、初めまして……山根友梨奈です……
今日は……よろしくお願いします……」
声が上ずってしまうのを、どうしても抑えきれなかった。
八谷は満足げに小さく笑い、部屋の中へ二人を招き入れた。
「さあ、どうぞ中へ。
ゆっくりお話ししましょう……」
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