咄嗟。
前言を悔いるように謝罪の言葉が聞こえた。
表情には出さないまでも心中でほくそえむ男。
純粋、あるいは真面目。
そして夫が慕っている上司で相手だという事が、その咄嗟の反応を生ませたのだろう。
想定通りと言える反応、そしてその純粋さがさらに新木由真という女を魅力的に見せてくれる。
そして取り繕うように、しかし薬の効果も相まったのか緩んだ思考が生んだ軽はずみとも言える言動を逃さず拾いあげるように
「素敵…、私がですか…?
いえ…、素敵なのは貴女ですよ、由真さん…。」
何度目かの女の名を呼ぶ。
しかし、部下の前では奥さんとしか呼んだことはなかったのだ。
そんなことにまで気づいているかどうかはわからない。
意図的に下の名で呼ぶことを、女はどう思っているのか。
楽しみは尽きない。
興奮だけではなく、この状況を楽しむことが男が本能に負け、押し倒してしまうことなくとどめているのかもしれない。
「貴女だけだ、私を肩書で呼ばないのは。
皆、私は桜木ではなく「部長」と呼ぶ。
他の部下、その家族もそう。
口をそろえて、部長さん、部長さんと…。
彼らにとっては私は部長でしかない。
ただの会社の役職者でしか見ていないんだ…。」
(取り繕う言葉も段々と理性を欠いてきているようだ…。
心中に収めておかなければいけない、本音、と
言葉にしても問題のない、建前、の取捨選択の判断が危うくなってきているんだろうな…。
良い形で薬が浸透してきているんだろう。
視線もどこか憂いを帯びてきている様にも見えるな…、少し潤んで…。
媚びたような視線…堪らないな…。)
靡いている。
きっかけこそ薬。
しかし、この空気と距離間。
そして少なからずあるのだろう、夫婦生活に僅かにでも垣間見える不安、不満、もどかしさ、周囲への劣等感などが。
「っと…。」
不意の刺激に思わずバランスを崩す女の手が太ももに触れる。
微動だにすることもなく、そっとその身体を支える。
「大丈夫ですか…?
由真さんも少しお疲れのようですね…、無理もない。
多忙を極める夫を待つ…そんな生活も、気持ちに疲れを引き起こしているのでしょうから。」
労う言葉。
しかし妻である女に一方的に投げかける言葉ではなく、部下である由真の夫をも併せての労いの言葉。
優秀な部下を持って、とても助かっているんだ、と。
慌てて謝罪し、夫に声をかけようかと問うてくる女。
しかしその手がまだ太腿の上にあることを確認すれば、その手に大きな男の手を重ね、
「彼も疲れているみたいですし、少しそっとしておいてあげてもかまいませんよ?
あの様子じゃまだ起きないでしょうし…。
たまには彼の、夫の寝顔を楽しむ時間があっても…ね?」
男の言葉は制止ではない。
あくまで委ねられた判断を、そのまま返した。
起こしても良い…、もちろん起こさなくても良い。
女の、由真の判断で起こさないことを選択させれば、それは由真自身が男との二人の時間を望んだことと同義になる。
強制はしない、選ばせることで、より女に…背徳的な感覚、そして罪悪感を植え付けていく。
女の手に重ねた手、そして反対の手はそっと腰に回り優しく撫でながら。
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