松井選手の顔を見た瞬間、暗く淀んでいた心が一気に晴れていくような気がした。
少しでも同情的なものを感じれば、今の栞はソレを敏感に感じとってしまうだろう…けれど松井選手からは、そんな安っぽい同情など微塵も感じられなかったのだ。
「す、すぐに練習をっ!お、お願いしますっ!」
少し話をしてからにしようかと言う松井選手に即答した栞…下手に話し込んでしまえば昨日の事をまた思い出してしまうかもしれない…今は何も考えず身体を動かすことがことが1番いいと思った。
松井選手は、栞の気持ちを察してくれたようで、大きく頷いてくれた。
栞は、バックからユニホームを取り出すと着替えを始めた。昨日のような躊躇いなどない…あまりにも恥ずかしい所を見せてしまったこともあったが、僅かな羞恥心などとうでもよかった。
練習はアップから始まり、キャッチボール、守備練習そして打撃練習へとすすむ…昨日とは違い実戦的な練習だった。
練習にはいると松井選手からは事細かく指導が入る…ランニングにおいては、腕の振り方や足の上げ方、守備では腰の高さや打球を待つ時の体重のかけ方、打撃ではバットの位置から出し方に体重移動…短い言葉だったが、それは的確で、指導された直後に栞自身にも分かるほどの変化をもたらした。
届かなかったバックハンドの打球も捕れはしないもののグラブに当たるようになり、打った打球も今までより遠くに飛んでいる気がする。
こんなにも練習が楽しいと感じたことはなかった。
けれど、これは栞自身の持つ「伸び代」の範囲内で、ちゃんとした知識を持った人間であれば出せる結果であったが、栞からすれば「松井選手だから…」という想いばかりが膨らむ…
単なる憧れは、確実に盲目的な尊敬へと変わりつつあった。
「ありがとうございましたっ!」
一通り練習を終えたところで栞は大きな声で礼を言う…グラウンドに顔を出した時の暗い影はなく、本来の栞の顔だった…
※元投稿はこちら >>