「自主練?あっ…体調か悪いから帰ってきちゃった…だから今日は晩御飯いらない…」
家にたどりついたのは、日が傾いた夕暮れ時…どの道さをどうやって帰ってきたのかさえ覚えがない。
リビングを抜けようとした時、夕飯の支度をする母親から声をかけられた。
普段は外が暗くなるまで帰らず母親が心配するほど…それが日のあるうちに戻れば不思議に思って当然だ。
「シャワー浴びたら寝るから…」
「大丈夫なの?」と近寄りかけた母親から逃げるように浴室へと向かった。
オシッコて濡れたユニホームは脱いだとはいえ、近くに来られたら匂いに気づかれるかもしれない…根掘り葉掘り聞かれても答えることもできない…何より今はひとりになりたかった。
熱いシャワーを浴び、その音に紛れ栞は大きな声で泣きじゃくった…
ひとしきり泣きじゃくった後、二階の自分の部屋に入るとエアコンのスイッチを入れベッドに倒れ込む…むせ返るような暑さも次第にエアコンの冷気が抑え込んでいった。
(あ〜寝ちゃってたんだ…)
ふと気づけば電気もつけていない部屋は真っ暗…今は何時だろうと放り投げたスマホを手に取るとLINEの知らせが…
誰からだろう…ベッドに伏せたまま画面を見る…栞はその送り主を確認し、ガバっと身体を起こした。
スマホに目を落とした栞の目からは大粒の涙が溢れた…浴室でこぼした涙とは違うもの…
そこには今日の栞の失態には触れず…それどころか栞に会えた事で若い頃の気持ちを思い出すことができたと松井選手の言葉…加えて明日も待っていると…
(私…行ってもいいの?あんなことしたのに…)
何度も何度もメッセージを読み返した栞はギュッとスマホを胸に抱きしめた。
「行ってきま~す。今日はもしかしたら遅くなるかも…」
日曜日の朝、何時も出かける時間より早く家を出る…もう2度とあのグラウンドに行くことはないだろうと思って帰宅したときとはまるで別人の顔で母親に告げた。
グラウンドには小走りで向かった…松井選手にはLINEて行く事は知らせてある。
『まってるよ…』と返事は貰ったものの、グラウンドが近づくと足取りは重くなり、木々の間を抜けグラウンドの前までくると、とうとう足は止まってしまう。
朝から強い日差しご差し込むグラウンドでひとりランニングをする人がけがあった…松井選手だ。
このままグラウンドに足を踏み入れていいものか…声もかけられず立ち尽くしていた栞…そんな栞を見つけたようで、松井選手は真っ直ぐ栞に向かい走ってくる…
「あ、あの…私…」
なんと言えばいいのだろう…昨日の事を謝るべきか…下を向いたままの栞の頭上から「おはよう」の声が響いた…
「お、おはよう…ございます…」
恐る恐る上げた目に映ったのは、黒く日焼けした顔から見える白い歯…照りつける日差しよりも眩しく見えた…
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