「気をつけて帰るんだよ…?」
もはや男の視線すら気にする様子を見せず着替えを終えてしまう栞。
羞恥などと言う感情は今は皆無。
やらかし、大失態を犯したことだけが栞の脳裏に焼き付いているのだろうか。
「…。」
気をつけて…、その言葉に対する返事はなかった。
感謝の言葉を述べはするものの、出逢った頃のような視線、あのキラキラした眼差しを向けてくれることはなかった。
それほどの出来事だったのかもしれない。
連絡先の交換提案にすら反応は薄い、社交辞令的な申し出だと思ったのだろうか。
聞くだけ聞いて、連絡なんて無いだろう、と。
(大丈夫さ…、楽しいのはこれから…なんだから…。)
栞がどこに住んでいるかは知らない。
とはいえ、地元だと言うことだけ聞いていれば、そう遅くなることないだろう。
始めたのが昼前。
多少時間がかかっても夕方過ぎには着くはず。
手元で一応時間を確認し、次を企てる。
すぐに連絡はしない、しばしの喪失感を身体に染み込ませ、そこへ手を差し伸べなければ、最大限の効果は得られない。
「お帰り、早かったのね?
自主練はどうだったの?」
迎え入れるのは栞の母親。
普段は夕暮れをすぎ、暗くなるくらいまで没頭する栞を心配するほど。
にも関わらず、まだ日もある明るい時間帯に帰ってくる栞にいつもと違う心配の言葉を投げかける。
そして、夜半。
その日の出来事を振り返っているかというような時間帯を見計らい、男はメッセージを送る。
『今日はわざわざ会いに来てくれてありがとう。
栞ちゃんの前向きな姿に俺も若い時のがむしゃらな気持ちを思い出すことが出来たよ。
明日は練習の後かな?会えるのは。
待ってるから来る前に連絡をくれるかい?
練習後の身体のケアが中心になると思うけど、しっかり解していこうね。』
忘れたい失態、だが忘れられない出来事。
そしてそれはまだ終わらないことを改めて感じさせる、期待させるメッセージ。
失態をさらしても優しく受け入れるような言葉が、揺れる少女の心を更には鷲掴みにし飼い慣らしていくように。
【誤字は私もよくありますのでお気になさらず。
あまりにも意味のわからない表現があれば教えてくださいね。】
※元投稿はこちら >>