よしふみは、自室の机の上に置かれた小さなビニール袋を見つめていた。袋の中には、柔らかなレース地のブラジャーと、淡い色合いのショーツが畳まれて収められている。それらを眺める彼の顔には、どこか異様な熱が宿っていた。
(これが……あの人の……。)
自分の行動を思い返す。昼間、家に戻る途中、ふと中庭に目をやったとき、風に揺れるそれらが目に入った。ほんのわずかにずり落ちた洗濯物――彼女の下着が竿から滑り落ち、地面近くで揺れていた。
(片付けておいてあげたほうがいいだろう……。)
そう思ったのは建前だ。本音では、その瞬間、どうしても手に取らずにはいられなかった。彼女のものに触れるという行為が、自分の心を強烈に支配した。
周囲に誰もいないことを確認し、そっと手を伸ばす。そのときの感触は今でも指先に残っている。布地の柔らかさ、レースの滑らかさ――それらが彼女そのものを象徴しているように思えた。
(…でも、どうしても返せなかった。)
袋を握る彼の手が、少しだけ震える。戻そうと思った。最初は本当にそう思っていた。しかし、下着を手にした瞬間、自分の中の何かが「これを手放してはいけない」と告げたのだ。それは理性ではなく、もっと本能に近い感覚だった。
(これを持っていれば、あの人と繋がっていられる。)
そんな馬鹿げた考えが頭を支配していることは、自分でも理解している。それでも、この行為が自分の中でどれだけ大きな意味を持っているかも、よしふみにはわかっていた。
カーテンの隙間から外を覗く。彼女が買い物袋を持ち、家に帰ってきたのが見えた。息を潜めながらその様子をじっと観察する。
(気づいたか……?)
彼女が庭に出て、洗濯物を取り込んでいるのを見た瞬間、胸が大きく脈打つのを感じた。そして、彼女が首をかしげ、何かを探しているような仕草を見せたとき、よしふみは確信する。
(ああ、やっぱり気づいたんだ……。)
その事実が、彼を興奮と緊張で満たす。彼女の動きはどこか不安げだ。洗濯物がないことに気づき、周囲を見回し、そして家の中へ入っていく。
(何を考えているんだろう……。)
想像を膨らませた。もしかしたら、風で飛ばされたと思っているのかもしれない。あるいは、誰かが持ち去ったのではないかと疑っているのかもしれない。そのどちらであっても、自分にとっては心地よい感覚を呼び起こした。
(俺の存在に気づき始めている……。)
そう思うと、自分の中で奇妙な満足感が広がる。だが同時に、次はどうすべきかという考えが浮かんだ。このまま彼女が不安を抱えるだけでは、物足りないような気がしてならなかった。
(…返すべきか。それとも……。)
袋を見つめたまま、静かに笑みを浮かべた。その笑顔には、どこか狂気じみた光が宿っていた。
※元投稿はこちら >>