「そろそろ時間か…。」
PC前に腰を据え、モニターに表示されたデジタル表記に目をやる。
薄く零れる笑み…、薄暗い室内でぼんやりと発光するモニターの明かりだけが男の顔を照らす。
決して醜い容姿をしているわけではない。
過去には恋人がいたこともあった、関係も良好だった。
しかし、男の性癖に女がついてくることはなかったのだ。
執拗に女の私物を汚したくなる衝動。
女そのものを私物のように汚したくなる衝動。
そしてそんなの内に秘めたる被虐性。
女を奴隷のように扱いたいわけではない。
羞恥、快楽、嫉妬、承認、従順、堕落…。
あらゆる本来表にあまり出ることのない感情に突き動かされ、自分でも気づきえなかった自分に気づき、壊れていく。
そんな様子を男は心から求めていたのかもしれない。
男自身の身体を使ってそれが叶うのならばきっとそうするのだろう…、しかしまだまだ前菜…。
メインに向かう道半ば。
長年燻り続け、真に満たされることのなかった男の欲を…この女は満たすことができるのか。
あるいは、その女の奥に眠る雌の本性がどんなものなのか。
想像するだけで男の股間は滾りを感じ、そのクビを持ち上げている。
迎え入れる、真弓の部屋は京子に何をもたらすのか。
当初は真弓を利用して京子を貶めることを考えていた。
カフェでの告白はそのうちの一つ、あえてそれを命令だと口にさせることで、真弓と同じ男に弄ばれている可能性を過らせたのだ。
まさか、鍵の話が真弓自身から流れていたとは驚いてもいたが、想像以上の真弓の陶酔具合にこの上ない興奮を感じたのは言うまでもない。
何度か訪れたことのある真弓の部屋。
当然、ある程度の内装は知っているはずだが。
ブーン…。
指示通り玄関の鍵は開けさせて置いた。
開けば引き戸式のシューズラックを備えたあまり大きくはない玄関口。
しかし、そんな空間には大凡似つかわしくないモーターのようなものが聞こえる。
それは頭上、天井よりやや下の壁面に固定されたカメラが熱を感知し、自動でそのレンズを熱源へと向けた音だった。
-続きは玄関わきの壁に張り紙をしておきますので…。-
男のメッセージ。
カメラの設置されている壁面、そのちょうど京子の目線の高さにそれはあった。
<少し…中の様子をご覧になってください。
貴女も以前来たことがあると聞いています、その時と違いがあるのかどうか…。
そうですね…、間違い探しのようなものだ。>
長くはない廊下。
右手にはトイレの入り口の扉。
左手には洗面所、その奥が浴室。
ちらっと見える洗面所の化粧台の角にも、玄関口と同じカメラが設置されており浴室の入り口に向いた状態で今は動いていないようだった。
-完全防水、サームグラフィ内臓で熱を感知して自動追尾もしてくれる優れもの。-
不意に脳裏によぎる、男の「プレゼント」の説明。
今はまだ用のない、浴室…トイレ…、玄関口と洗面所でさえカメラがついているのだ、もしかしたら…いや、当然…。
廊下を進み扉を開ければ、すぐ横にキッチン。
当然のように、迎えるのは真弓…ではなく、無数のカメラ。
まるで何者をも見逃すまいとばかりにあらゆる角度から向けられているのがわかる。
1台…2台…3台。
扉を開けてその場から見えるだけでも3台、1台はキッチン脇の床から見上げるように設置されており、その角度は既に京子のスカートの中を捉えているのではないか、という角度。
全てのカメラが熱感知で動いているわけではなく、「目的が決まっている」カメラはやはり固定されているようだった。
「場所によって」は「そう言うカメラ」も多く設置されているかもしれない。
キッチンに広がる甘く煮た醤油の香り。
コンロの上には少しだけ食べ残った肉じゃが。
シンクには水に浸した食器が沈んでいる。
少し前で食事でもしていたかのように、テーブルの上にが飲みかけのお茶が入ったグラスがそのまま残っている。
21時…、に合わせて真弓が何か行動をしていたとは到底思えない生活感。
にもかかわらず、このカメラの数、「探してもいない」京子の視点でさえ既に5台のカメラが姿を見せている。
もはや盗撮とは似ても似つかない。
監視…管理…そんな言葉が簡単に思い浮かんでしまいそうなほどの空間。
そんな中での生活を…、強いられたのか…、あるいは自ら受け入れたのか…。差し出したのか…。
異様すぎる光景の中にある日常、まだ湯気の立ち昇る鍋…、使用後の食器…、それらがさらに京子の思考回路を理解不能へと追いやっていく。
晒される、覗かれる、監視、全てを名前も顔も声も知らない男に差し出しているのか。
そう思わざるを得ない光景。
テーブルに供えられた一つしかない椅子。
その椅子の座面に向かうように角度が調節されたカメラ。
さらに奥には京子も掛けたことのあるL字のソファ、そしてその前にはローテーブル。
壁際に置かれたテレビボード、4Kが自慢だと言っていた55型の薄型のテレビは変わらぬまま。
しかし、そのテレビボードの中にも当然のようにカメラのレンズがソファに向いている。
そしてそのローテーブルの上には1枚のメモ。
壁面に貼られていた物と同じ、そしてそれは二人が関わることになった当初…、返却された下着と共に封入されていたメモと同じ柄の物。
今更疑いようもないが、さらに同じ男の存在を認識し、改めて親友と同じ男に…もとい、親友だった女と同じ男に弄ばれていることを自覚させられる。
<どうですか…?
「私なら…貴方の言う事…全て叶えられる…。」
まだこの気持ちに変化はありませんか…?
もしはっきりとそう言えるなら…、テレビボード横の姿見の前で全裸になってください。
真弓は、毎朝毎夜、穴言う穴を晒して…私に挨拶をしてくれますよ…?>
テレビボード脇の姿見。
これも京子は知っている者、舐められないように、身嗜みの徹底は女にとって必要不可欠。
そう告げていた真弓の表情は清々しく、彼女らしさを物語っていた…はず。
しかしその姿見も、上部、下部、両サイドから少しずつ違った角度でその状態が映し出されるようにカメラが設置されている。
舐められない…身嗜み…、嗜み…、女の…。
真弓の過去の言動も相まって、改めて考えさせられるかもしれない。
親友の…いや、親友だった女の部屋で全裸になったタイミングか。
あるいは、まだ親友の部屋で全裸になることに理性がぎりぎり戸惑わせているタイミングか。
携帯していたスマホが、例のパターンで震えた。
≪ご存じの通り、奥は寝室です。
そして、真弓がいますよ。
貴女にとって、今の真弓は…いったいどういう存在ですか…?≫
底なしの沼につま先を差し込もうとしている京子…その足首を掴んだ得体も知れない指先が…、さらに引き込むような問いを京子に投げかける。
【遅くなりました。
興奮しきれない回が続いてしまっていますよね…?
申し訳ありません。
とはいえ、前述したように、これ以降は京子さんの行動ありきで展開が変化する流れになっていくと思うので要所で長くなったり短くなったりはすると思います。
あらかじめご承知おきください。
張り紙の指示、お待ちいただいてありがとうございます。
ぎりぎりの語彙の中で何とか描きましたが、雰囲気が伝わると…嬉しいです。厳しいかな。
一方で、その張り紙の指示を京子さんにお任せしたらどうなっていたのかも…気になるところではあります。
手探りで展開しているので、まとまった時間が取れないとなかなか更新も難しいですが、粘り強くお付き合いくださり嬉しく思っています。
今回の張り紙の内容、のようなケース今後も出てくると思います。
もし、「描いちゃいたいな」と思う内容があれば、描いちゃってください。
たぶんそれはそれで二人で描くものとして、とても楽しい物になると思うので。】
※元投稿はこちら >>
下着を盗まれて。