カチャン…。
京子が新たな扉…、その鍵を開け、まさにその扉を開いている最中でも、そこは共用スペース。
当然、ずっとそこに京子が一人で居られるわけもない。
そしてそこは職員専用のトイレ、つまり授業中のような知識も乏しい子どもたちではなく、れっきとした大人が立ち寄る場所。
校風や設備も相まってから、女性の割合も低くはない。
しかしながら、男性用と比べると一人一人に個室が必要になる女性用トイレはやはり手狭な印象を受ける。
全部で個室は4つ、2つの化粧台には椅子が設置され、大きな鏡。
化粧直し、身嗜みの確認もスムーズに行える。
「そう言えば、聞いた…?2組の真奈美ちゃんの話…。」
徐に一人が話し始める、その話はどうやら一人ではなさそうな疑問形で始まる。
職員専用トイレ…、は当然生徒は来ない、そして男が立ち入ることもない、それが結果的に噂話や陰口など、大っぴらには言えない話が飛び交いやすい場所になっていた。
「聞きましたよ…、さすがに職員で知らない人はいないんじゃないですか?」
どうやら先輩と後輩の間柄なのか、片やため口、片や丁寧語で話す二人の様。
その声は当然京子にも覚えのある二人の声で。
「今どきの子は凄いわよね…。
誰も来ないからって…、さすがに体育倉庫で…、オナニー…なんて…ねぇ?」
内容の問題か、露骨にそのワードを口にする先輩側の女はどこか含みある言い回し。
口元が緩んでいるような、笑い話として言っているのか、あざ笑うような意味合いなのか…、少し意味深とも取れる口調。
「で…すね…。
しかも、自撮りしてたっていうじゃないですか…、結局誰の指示なのか、目的とか、そんなことについては一切何も言わなかったみたいですけど…。」
休憩中のお手洗い休憩なら、チャイムという強制的な区切りが発生してしまう。
しかし、幸か不幸か今は放課後、生徒たちは徐々に帰宅を始め、教師たちも早々に帰宅する者、事務処理を行う者、噂話を興じる者、様々。
「みたいだね…。
でも、発見した先生がこっそり教えてくれたんだけどさ…、あ、こっそりだから内緒ね?絶対言いふらしちゃだめよ?」
「は、はい…。」
当人が早々に言いふらしている状況ではあるものの、立場的にそんなことを咎めるはずもなく。
「漏らしちゃったんだって…。真奈美ちゃん。
声をかけられて驚いちゃったタイミングで、イって…、そのまま何度も身体を痙攣させて…。
ほら、主任が体育用具の業者の確認してたでしょ…?
あれ、真奈美ちゃんが漏らしちゃったせいでマットが一枚ダメになっちゃったのよ…。」
「うっそ…。そうなんですか…。」
自ら制しておきながら、ぺらぺらと事の次第を饒舌に語る先輩教師、あまりの事実に言葉を失う後輩教師。
今の二人にとって、トイレ内に他に誰かがいる可能性、を考慮する気がないかのように、とても生徒には聞かせられない話が怒涛のようにあふれ出てくる。
「それに、自撮り…って言ったじゃない…?それをさ、誰かに見せるつもりだったってことだとしたら…。
あ、想像したらちょっと濡れそう…。」
煽るだけ煽りながらも、まるでそんなことさえネタにするように少し下ネタも混じってしまう。
「ちょっと…、仕事中なんですから…、ダメですってぇ。」
少しだけ咎めるような内容で言葉にする後輩教師。
しかし、そんな言葉に緩んだ口調が見せそうなほど、笑みを浮かべながらの指摘であることは明らかだが。
「そんな自分の恥ずかしい姿晒して…、喜んでほしい人がいるなんて…、一周回ってちょっと羨ましいかも…。」
「そう言えば先輩…、こないだ二人で飲んでるとき、言ってましたもんねぇ…。私で勃起するおちんちんはどこだぁって…。」
「こらこら…、酒の席の話を素面の時に持ち出すなっての…。まぁでも…そうだね…、正直そうだもん。」
「ですよねぇ、私で興奮してるんだ…、私でって…思っちゃいますよね…。」
「あーやだやだ、早く仕事終わらして飲みいこっ。」
「ですね、さっさと帰りましょ。」
カチャン…。
束の間の世間話が終われば、トイレ内は静けさを取り戻す。
偶然耳に入る生徒のトラウマ級の話、そして女たちの本音。
今の京子は何に共感し、何に理解を示すのか。
良くも悪くも、最初は下着だった。
これは紛れもない事実。
ある程度の持ち主の情報、外見的特徴をあらかじめ知っていたとはいえ、男の目的は下着だった。
しかし今、その下着は目的ではなく手段に変わっている。
では目的は何か…、竹本京子自身なのか…、あるいはその内に秘めた艶やかで厭らしく、被虐的、生物としての、雌としての本能のようなものか。
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「気に入ってくれるかな…彼女は…。」
京子が命令に従い、妄想、羞恥、非現実的な甘い甘い奈落に足を踏み入れている頃。
男は一足に仕事を仕上げ、京子の家の前へとやってきていた。
手に持っているのは紙袋、その中には男がさらに京子で楽しむ為の道具でも入っているのだろうか。
ブーン…。
職員室に置いたままにしていた京子のスマホが震える。
当然周囲の職員も気にするわけもない、それがどんな相手からどんな内容の物が送られていようが、知ったことではないから。
「どうでしたか…?今日のお仕事は…。
生徒たちと良いコミュニケーションは撮れましたか…?
わざわざカメラまで充電していただいたおかげで、貴女が昨日の下着をそのままつけて家を出てくださったことだけは、わかっています…。
嬉しいですねぇ…。
お礼も兼ねてプレゼントをご用意いたしました…、お家の前に置いておきますので良ければ開けてみてください。
もちろん、気持ち悪ければ…そのまま捨ててくださっても…かまいませんよ?
でも結構素敵なアイテムなんです。
完全防水、サームグラフィ内臓で熱を感知して自動追尾もしてくれる優れもの。」
物が何なのかを言わず、ざっくりとした中身を仄めかす文章。
煽るような、好奇心を刺激するような、姑息な手口。
「充電はケーブルひとつ。
差しっぱなしなら24時間365日常に見張ってくれる、いや、見てもらえる…の方がいいのかな。
いずれにしても、開けてのお楽しみ…ですね。
あぁそうそう…。
プレゼントは、ちゃんと、今日一日の感想を聞いてから…ですからね?
そうしないと…、バレちゃいますよ…?マンション中に…貴女の事…。」
脅しの便利使い。
それは同時に、京子自身も自身の行動を正当化させる便利なものにもなり替わる。
脅されて…仕方なく…、やらなきゃ…晒されるんだから…と。
京子が家路に、自宅へと帰り着くの何時ごろになろうか。
夕日も色濃く影を伸ばしながらも、少しずつ辺りは闇に染まり始めていた。
今日もまた、あの時間が近づいていることを示すかのように。
一方…、男からのメール、ではなく普段使いのSNSにも通知が。
「ねぇ、京子…。
家の鍵を…、合い鍵を作って汚してほしい下着と一緒にベランダに吊るしておけって…。
私…どうしたら…。
もう逃げられないのかな…、うぅん…、違う…。
どの下着と吊るそうか、考えちゃってる…、合い鍵…もう作っちゃったの…。
もう駄目…。
全部…全部…差し出したくなっちゃってる…。」
もう一つの闇が、並行的に京子へと襲い掛かる。
【こんばんは。
本当に頻度は気にされないでください。
私も仕事がありますし、いろんなことを考えながら描いていると時間もかかっちゃいます。
いつ来れる、いつ返せると仰っていただけるのは嬉しいですが、言っちゃうと「返さなきゃいけなくなる」ので、大丈夫ですよ。
描きたくなって、描きたいことを、描きたいだけ描いてもらえるのが一番うれしいです。
いつもありがとうございます。】
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