「はぁ…はぁ…はぁ…。」
ベランダに崩れ落ち肩で息をするほどに呼吸を乱していた。
今でこそ着衣の乱れはないとは言っても、僅かな記憶を辿ってみれば、いかに淫らな姿を晒していたのかが思い起こされた。
「やだっ…私ったら…。」
休に現実に引き戻されたかのように部屋に飛び込むと窓とカーテンを勢いよく閉ざす。
「私…なんて事を…。ベランダで…なんて…。」
僅かに冷静さを取り戻した私は自らの行いが信じられないように呟く。
あれは幻…妄想であって欲しいと願うような不安混じりの心細さが私を襲う。
しかしそれは…紛れもない現実。外は暗闇に沈んでいるとは言っても、ベランダに降り注ぐ部屋の灯りは私を如実に照らし出していただろう。
真夜中とは言え、どこから誰かが見ていないとも限らない。
そんな危うい状況の中で私はあろう事か自慰に耽ってしまうなど今までの私なら考えられなかった…。
妄想だと…ただの願望が脳内再生されただけだと思い込みたい私を現実のどん底に突きおとすかのように、手に握られたままの下着。
力強く握り締められた下着から溢れ出るように手首にまで滴る白濁した粘液。
紛れもなく下着を悪戯されて汚された証しが私の手の中に存在するのだから…。
「誰も…誰も見てなかったよね…?大丈夫…誰にも見られてない…。」
ベランダで自慰に及んだと言っても、窓辺にもたれ掛かり、捲り上げていたとは言え局部を弄る指先は長めのスカートが覆い隠してくれていたはず。
不自然に身体を揺らしていたとは言っても、一見しただけでは自慰行為とは思われないかもしれない…。
「大丈夫…誰にも気づかれてないから…。」
都合のいいように解釈する言葉を呟く。それは今日の行為を自分の中で正当化したい想い。
それは自己保身の為であったはずの言葉。
今日に限っては安全安心を思い込ませる為の言葉であったはず。
しかし心の奥底で暗躍する欲望が私を操るために発した言葉だとは…深い意味がある言葉だとは気づく余裕などなかった…。
心の中に重みを増す不安を拭い去るように呟いた言葉で無理矢理打ち消し、快楽を味わい満たされた身体は休息を求めるように意識を奪っていく。
微睡みから深い眠りへと落ちるまでにそれほど時間はかからなかった。
朝日が窓辺を照らし、僅かに部屋の温度が高くなると蒸し暑い不快さからか自然と睡眠から覚醒した。
「昨日…ここで寝ちゃったんだ…。」
ソファーにもたれるように床で目覚めた私は、昨日の夜のことは夢の中で起こった事のように思えてしまう。
それを否定する左手のこわばり。
滴った粘液が乾燥して手首までを引きつらせているように張りついていた…。
「昨日…凄いことしちゃったんだ…。」
現実を突きつけられ、気怠い身体を引き起こすと浴室に姿を消す…。
淫らに汚れた身体を清めるかのように丁寧に全身を洗い流し、スッキリとした表情でリビングへと戻る。
昨夜の行いとは打って変わって穏やかな時が流れていた。その穏やかさを搔き乱すインターホンが…。
途端にビクンと身体を丸めて固くしてしまったのは、前回の汚された下着が返された記憶が蘇ったから…。
恐る恐る玄関に近づきドアスコープを覗き込んでみても誰の姿もない。
ドアチェーンをかけたまま、ゆっくりと扉を開いてみても、やはり誰もいない…。
「えっ…!なに…!?」
前回同様、姿の見えない訪問者に僅かながら恐怖を覚える私の視界に見覚えのある封筒の角が見えた。
「えっ…!?コレって…。」
今回は下着は盗まれていない。それなのにこの封筒がここに存在する意味がわからない。
この中にはいったい何があるのか…。
想定外の事はやはり恐怖を感じてしまう。
震える指先で封筒を抜き取ると、怯えた表情のままリビングへと向かう。
「今度は何…?何が入ってるの…!?」
恐る恐る封を開き、中をそっと覗き込むと1枚の紙が…。
取り出して開いてみた私は愕然とした表情を浮かべる。
「どっ…どう言う事…!?コレって…どう言う事…!?」
まるで一部始終を眺めていたと言わんばかりの言葉達。その内容は微かな記憶の中に存在する自分自身に重なり合う…。
「うそっ…見られてた!?」
頭の中が混乱していた。いったいこの手紙の主は誰なのか…。昨日の行為をどこから見ていたのか…。
淫らな行為をどのくらい知られてしまったのか…。
手紙を読み終わると慌てて封筒を逆さまにすると、中から1枚のメモリーカードが転げ落ちてきた。
「コレが…プレゼントって…。私の本当の姿って…!?」
全身がガタガタと震え始めた。手紙に書かれていた文字を見る限り、一部始終を覗かれていた事に間違いはない。しかも同封されたメモリーカードが…おそらくその姿を映しているに違いない…。
「まっ…まさか…覗かれて…盗撮まで…!?」
震える身体は言うことをきかず、パソコンへ向かう足取りもいつものそれとは違った…。
文字通り『なんとか』辿り着いた私はパソコンを立ち上げメモリーカードを挿入する。
「この中には…いったい何が…。」
不安と恐怖。そんなものが私を支配していたのかもしれない。そこには快楽の要素も昂りの兆しもなかったはずだった。
画面に映しだされた瞬間…私の鼓動は早鐘の如く高鳴ってしまう。
カーテンを開け放つところから一部始終を撮影されていたことを知る。
映像に関しては不鮮明でハッキリとは映っていなかった。それでも何事かの雰囲気は伝わってくる。
そして私を惑わせたのは映像よりも音声だった。
鮮明に記録された音声は、私の呟きを克明に捕らえていた。
誰にも聞かれていないはずの小さな呟きが、一言一句漏らさずに記録されていた…。
「やだっ…こんな事…こんなに恥ずかしい事を…言ってたんだ…。」
曖昧な記憶の中では何を言っていたのかまでは覚えていない。改めて記録された音声を耳にすると赤面どころではない羞恥が襲い掛かってくる…。
初めこそ驚愕の表情を浮かべて恐怖を感じていたはずの私は、私自身の淫らな様を何度も何度も…繰り返し再生しては、与えられる羞恥を味わってしまう。
「こんな姿が…誰かに見られちゃうなんて…綺麗には映ってないけど…オナニーしてる雰囲気は…伝わっちゃうよね…。」
「私…こんなに恥ずかしい事…言ってたんだ…。こんな事…誰にも言えない…聞かれたくない言葉…なのに…。」
見られてはならない…聞かれてはならない…。
そんな想いを全て打ち砕く文章とメモリーカード。
「コレを…マンションに…!?そんな事ダメっ…恥ずかしすぎるし…ここに居られなくなっちゃう…。
どうしよう…感想って…言われても…。
でも返事しないと…この映像がマンション中に…。」
必死で廻らす思考。現状できる限りの想定を脳内で繰り広げる。
しかし、相手にコンタクトを取る以外、この状況を打開する術など見つかるはずもなかった…。
「やだっ…ダメっ…知らない人に連絡網するなんて…怖い…。」
誰にも気づかれていないと思っていた行為が、覗かれて盗撮までされてしまえば言い逃れはできない。
その明らかにされたくない事実を秘匿するためには、手紙の言葉に従うほかなかった。
自らの意思ではない…。淫らな行為を求めている訳ではない…。秘密を守るために仕方なく…。
思考を廻らせた結果、導き出された唯一の方法を正当化するための逃げ道と言うべき考え…。
それ以外に私を納得させる方法など見つからなかった。手紙を開くと指定されたアドレスにメールを…。
≪あなたはいったい誰ですか…?
下着泥棒も…盗撮も…犯罪ですよ…?≫
と打ったものの、相手の気分を損なわせるのは得策ではない。素直に要求に従うことが身の安全を確保できると思い直し、その文字のあとに続けて…。
≪味…ですか…?ん…苦い…苦かったです…。好みとか…そう言うのは…よくわからないです…。≫
文字を打つと改めてその時の事が鮮明に思い出される…。指先に纏った精液を舐め、タップリと精液を塗りつけた指先を股間に這わせ、自らの粘液と混ぜ合わせた指先を舐め廻す…。
そんな淫らな光景が脳内に浮かんでしまうと、思考は淫らな方向へ傾き始める…。
「他にも私と同じように…?私ほど早くないって…。先日って事は…最近の話…?」
頭の中に下着泥棒を打ち明けてくれた友人の顔が思い浮かんだ。
私と同じように、もしかしたら私以上に真面目に見えるかもしれない友人。
その可愛らしい外見とは裏腹に、淫らな行為に及んでいたのかもしれないという疑念が頭の中に渦巻く…。
「まさか…あの子が…!?真弓に限ってそんな事は…。きっと他にも被害者がいるんだ…。」
そうで被害者…。外の誰かも…友人も…そして私も…。卑劣な下着泥棒に翻弄される哀れな被害者…。
そう思うことで逃れられない必然さを心の中に刻み込むかのように。
≪お願いです…こんなモノをマンションにバラ撒くなんて…やめて下さい…。ここに…住めなくなってしまいます…。≫
悲劇のヒロインを気取って打ち込まれた文字。
しかし頭の中では最近良い反応を見せた女性の事が気になっていた。
まさか友人だったら…。
友人を助けなければと言う想い。卑劣な犯人の意識を私に向けさせれば友人は助かる…。
そんな正義感の裏側に、友人へ意識を向けさせたくないと言う想いに私にだけ意識を向けていて欲しいと言う想いが込められているとは気づきもせずに…。
≪私…こんなに恥ずかしい事を…しちゃったんですね…。感想って…そうですね…まさか盗撮されていたなんて…考えてもみなかったので…恥ずかしくて…おかしくなりそうです…。
これで…これでマンションにバラ撒く事はやめてもらえますか?≫
昨日の夜は淫らに振り切っていたからこそ言ってしまった言葉。メールを打ちながらそれがひとつひとつ文字に変わっていくと言葉では言い表せない羞恥が襲い掛かってくる。
言うだけの事は言った…。要求には最低限従った…。
そんな想いがメールを送信するための親指に力を与え、打ち込んだ文字達が見知らぬ者の元へと送られていく。
しかしながら…頭の奥に引っ掛かっている事を尋ねる事はできなかった。『先日も一人…良い反応を見せてくれる方…。』それが友人の事なのだろうか…。
【ありがとうございます。
こちらこそ楽しませていただいております。
考えている事の全てを文字にするのが難しくて、わかりづらい表現もあるかと思います。
なんとなくでもご理解いただければと思います。
今のところやりづらさは感じません。希望も話が進む中で生じるかもしれませんので、その時はお願いしたいと思います。
よろしくお願いします。】
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