どれほどの時間が流れたのだろう…。
店頭の通路に置かれたベンチに腰を下ろして胸騒ぎの時を過ごす俊幸。
端から見ればボーッとしているようにしか見えないその姿も、内心はそれとは裏腹にただならぬ荒波が打ち寄せるかのように大きく乱れていた…。
『どれほど時間がかかるんだ…?さすがに靴一足のフィッティングにしては長過ぎる…。』
イライラ…とも違う…。ドキドキ…そんな簡単な言葉では片づけられない…。
なんとも言えない感情に包まれながら店内奥の壁の中で何が行われているのか…。
視線は妻が消えていった扉に向けられたまま…。
『陽子…まさかあの二人に…。いやいや…さすがに店の中でそこまでは…。』
期待と不安が入り乱れ、想像してはそれを打ち消す忙しく廻る思考に軽い頭痛すら感じるほどに…。
「お待たせ致しました…。」
僅かに目を伏せ、俯きながらこめかみを軽く押さえていると柔らかな声が聞こえた…。
「あっ…いえ…。その…妻は…。」
慌てて立ち上がると男の目の前に立ち、想いを伝えようと焦るあまり言葉が何も出てこない。
「奥様は今…フィッティングルームでお休みいただいております…。」
妻に痴漢を働いた男とは言え、今は高級靴店の店員という立場なのだろう…。
言葉に気をつけながら俊幸に丁寧に接する。
「いったい何が…フィッティングにしては…時間が…。」
ビジネスライクの顔つきは、俊幸のその一言で一変した。ニヤリと口角を上げて不敵な笑みを俊幸に向けた店員。
その表情に全てが込められている。この顔で全てを理解しろ…。
そう言われているようで、そのあとの言葉が出て来なくなる…。押し黙る俊幸に店員がそっと差し出したもの…。
「こっ…これは…?」
「夜にでもゆっくりとご覧下さい…真の奥様がご覧頂けると…。では…本日はありがとうございました。」
クルリと背を向けて立ち去ろうとする店員…。
「あっ…あの…お会計を済ませておこうかと…。」
この期に及んで絞り出した言葉は、靴を購入する為の言葉…。正直に言えば妻が目覚めた時、即座にこの場を離れたいと思ったのかもしれない…。
「ありがとうございます…では…こちらへ…。」
店員は顔だけ振り向き、不敵な笑みを浮かべたままレジカウンターへと俊幸を連れて行くと、会計しながら…。
「きっとご満足いただけるかと…。」
それは妻が靴を気に入るという意味なのか…それとも…。
『綺麗に拭き取ったように見えて…あれだけ身体中に塗りつけたんだ…。スカート…ストッキング…パンティにも…喉から胸元…ブラやブラウスまで…。
ふふふっ…今は落ち着いているとしても…汗ばむ事があれば…むせ返るような淫臭を放つだろうよ…。』
そこから更に暫くの時が流れた。ようやくフラつきながら妻がフィッティングルームから現れる。
すかさず俊幸は近寄り…。
「具合が悪くなったって聞いたけど…大丈夫か…?」
優しく肩を抱きながら話し掛けるその素振りは、せめて香りからだけでもフィッティングルーム内の出来事を知ろうと企んだように…。
しかし、落ち着いた妻の身体は俊幸の嗅覚を擽るような香りは放っていない…。
『まさか…何も無かったのか…?そんなはずはない…でなければ…あの男が手渡したこのメモリーカードの意味がわからなくなる…。』
「会計はしておいたから…。疲れてるみたいだけど…このあとどうする…?もう少し買い物するか…少し早いけど食事とか…。」
購入した靴が入った紙袋を示しながら、妻の身体を気遣い、言葉を掛ける…。
しかし俊幸の言葉も耳に届かないかのような虚ろな陽子…。
『ホントに何があったんだ…。そんなに疲れるほど激しかったと言うのか…?
俺との後…そんなに疲れた素振りは…見たことがない…。』
妻の異変を気にしつつも、ポケットの中に忍ばせたメモリーカードの中身が気になっている。
落胆と悲壮に打ち砕かれるとも知らずに…。
【遅くなりました…。
今回は俊幸の内面を綴る事に終始してしまい、淫靡な場面を綴る事ができなくてすみません…。】
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