「良いこと教えてあげるっ。もし殴りたいときは…、太ももの横…、ちょうどこの辺りを膝で蹴ると立てないくらい痛いんだよ。いつかやってみてね。」
(威力は私が体験済み…。立てないくらい痛いけど、立たないと余計暴力受けるし…、。)
メイの弱点の一つでもあった。
細い指で指差したその箇所は青痣がいくつもついており、常連客には知れ渡った弱点だった。
「ねえ、ねえ、飲みって楽しいんですか?お酒って美味しいの?…へえ、美味しいんですか。味は?…え、苦いんですか?じゃあ、不味いじゃんっ!ち、違うの?大人になれば美味しいの…?…ふーん、私も大人になったら、飲んでみたいな…。」
しばらく会話を続けるうち、本来あってはならないはずのタメ口が混ざっていった。
しかし、それにも気が付かず、二人で雑談を続けた。
定期的に嬢が『入荷』されるなか、メイより年上の嬢は見たことがない。
大人になったらどうなってしまうのか、考えてもいなかった。
ピリリリリリリッ!
タイマーの音が響き、ビクンッと飛び跳ねる。
急に現実に引き戻され、自分が奴隷娼婦だったことを思い出す。
「…ぁ、あっ、本当に何もしなくていいんですか!?その、フェラくらいならすぐに…。い、いらないの…?」
慌てて椅子から降り、床に膝をついてズボンを下ろさせようとするが、吉田に手で制された。
「じゃあ、お会計は受付でお願いします…。あの、本当に良かったらというか…、その、本当は良くないけど…お名前聞いても良いですか…?」
(なんか昔こういう優しい男の人、近所にいたような…。もう思い出せないや…。なんだか寂しいな…。)
プライベートを探るのは当然禁忌。そんなことはわかっていても名前くらいは知りたかった。
彼は本来この店に来たくてきたわけではない。
もう会えないと思うと、名前だけでも覚えて、楽しかった今を思い出せるようにしておきたかった。
「吉田、真司様…。ありがとうございますっ。じゃあ、気をつけて帰ってね、ご主人様っ。…あっ、あと、その気になれなかったらチェンジとかもしていいんだからね?ふふっ」
『寂しい』『もう少し話したい』言ってはいけない言葉を飲み込んで、笑って背中を見送り、ヒラヒラ手を振って別れた。
シン…と静まり返った部屋 が妙に心細かった。
(掃除して、ユウナ達に食事取らせて…、ああっ、一時間後に予約入ってるんだった…。テキパキやらないと終わらないや…)
手を出されなかったことで身を清める時間は必要ないが、店の清掃、幼い他嬢の世話、自身の客の相手…、吉田が帰った後もやることは山積みだった。
「あー…メイですか。今ちょっと傷モノになっておりまして…、ユウナとかはどうです?若くて上手いので人気嬢で…、それでもいい、と…。ええ、もちろん構いませんよ。じゃあ、お部屋でお待ちください。」
一ヶ月後、ソナでの受付で言われた傷モノ。
言葉の意味は分からないかもしれないが、この店でその単語は容易に想像がつくかもしれない。
部屋に入るのを見届けた後、受付がバックヤードのメイを探す。
今夜は予約もなく、清掃か荷物の仕分けをしているはずだが、メイは段ボールにもたれかかって寝ていた。
「おい、メイっ、メイッ!!起きろ、指名が入ったぞ。お前、仕事もせずに昼寝なんて、いつからそんなに偉くなったんだ?」
「…んぅ、ひっ、ひぅっ!?は、はい…っ、準備します…っ!す、すみませんっ!」
(昨日、たくさん常連客来たし、今日はないと思って油断してた…。寝ちゃってたし、後でお仕置きされるかも…。)
はあ、と深くため息を吐きながらベビードールに着替え、指定された部屋に向かう。
「…お待たせいたしました、ご主人様…。あ、あっ!吉田様っ!もう来て下さらないかと思いました…、えへへ…っ」
ドアを開け、深々とお辞儀をしたメイだったが、客の顔を見た瞬間、ぱあっと晴れやかになる。
しかし、吉田の目に映るのは、片目を覆う包帯、右手の指先にも包帯が巻かれている痛々しい姿。
お辞儀によりチラリと見えた背中は、グロテスクと表現するのが正しいほどの夥しいミミズ腫れ。
全て昨日の客がつけたものだった。
嬉しそうにするメイとは対照的に、吉田の顔は少し引き攣っていたが、薄暗い照明により気が付かなかった。
【かしこまりました、ではこのメイでよろしくお願いします。】
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