「…まあ、これは酷いですわ…。お怪我をされて…。」
奴隷市場に似つかわないような、白を基調とした高価なドレスを纏い、メイドを二人連れた令嬢。
檻の中の獣人を見て、口元を手で覆って顔を顰めた。
(電気首輪をしているということは、きっと強く抵抗したのでしょう。足の怪我が目立つけれど、細かな傷が多いわ…。猿人ということもあって酷いことをされたのね…。)
獣人の中でも最も遺伝子的に人に近しい種族である猿人。隣国同士で仲の良い国がいないのと同じで、隣人とも言える猿人に対して、人類からは特に差別意識が強く見られていた。
だからこそ強く暴れて抵抗したのだろうし、だからこそ酷く痛めつけられたのだろう。
「この子をいただきます。…アキ!先に屋敷に戻ってちょうだい。元お医者の子が最近入ったでしょう。あの子主導で治療の準備を進めておいて。」
「かしこまりました、お嬢様」
声をかけられたメイドは恭しく頭を下げ、一人屋敷に戻った。ピンっと立つ兎耳にはタグがついており、首元には重々しい首輪が嵌められている。
リズベットが連れている従者はこうして買った獣人かがほとんど。
傍に立つメイドが残されたが、リズベットの背後から証人を睨みつけていた。
(アイツ…、どうも何かを隠している匂いがする…。私はお嬢様の第一の従者だから邪魔はしないが、もしお嬢様に仇なすようなら…)
リズベットが保護する獣人や奴隷は、希望する先に転売されたりなどして屋敷を去ることもある。
そうして少しでも苦しむ獣人達を減らす取り組みをしているが、屋敷に残り続ける獣人もいた。
それらはリズベットに対し、『親愛』『恋慕』『崇拝』など、さまざまな感情を抱きつつ、彼女の思想や信念を支えるために働いている。
アキもヨルもその一人だった。
犬の獣人であるヨルは、目の前の奴隷商からきな臭さを感じていたが、主人を立てる従順さゆえに、特に進言はしなかった。
購入手続きのため、ムラタから書類を受け取り、サインを書くが、机の端に置かれた新聞の記事が目に入り、筆が止まった。
『獣人ゲリラの一味、主要機関を襲撃。半日に及ぶ都市戦闘』
との見出しに、憂いを込めたため息をついた。
「私は獣人ゲリラの活動には、賛同できません。言葉が通じる以上、獣人と人は歩み寄り、理解し合えたはずです。人の差別意識から始まったものだとしても、暴力に訴えるやり方のせいで、制限法の制定につながりました…。彼らのやり方はあまりにも短絡的です…」
目の前にゲリラのリーダーがいるとは知らず、そう呟いた。
獣人達の差別や支配から解放、という目的は同じであるものの、ゲリラは『打倒』を目指しており、リズベットは『共存』を目指していた。
「その傷…、とても痛むでしょう…、もう大丈夫…。大丈夫だから…」
購入手続きを終え、檻から出された雌の猿人を優しく抱き包み、耳元で言い聞かせるように囁く。
埃や泥で汚れた身体に抱きつくことで、高価で綺麗なドレスが汚れてしまうが、一切の躊躇はなかった。
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