桶を持ち上げるアリスを見て、顔を伏せた。恥ずかしい。
アリスが部屋を出ていくと、その前に放り投げられた布を手に取る。
「…これは、服…?」
見たことがない服だった。ゴワゴワした質感に、袋に穴が空いたような形状。
しかし、全裸でいるよりはずっとずっとマシで、すっぽりかぶって両手と頭を出した。
柔らかな生地、細部まで拘られた刺繍、袖口や襟元の装飾、自分のためだけのオーダーメイド品。
リズベットは散財家ではないが、ドレスは第一印象を与える大切なもの。ドレスはすべて懇意にしている仕立て屋で仕入れた一品物。
それが今や、罪人が着るような貫頭衣だ。
着替えを終えると、なんとなく粗末な貫頭衣の先を指で摘んで弄ってしまう。
素肌に触れるゴワゴワした感触がどうも慣れなかった。
やがて、空になった桶を手にしたアリスが戻ってきた。
「手を出せ」
言われるがままに両手を差し出すと、カチャリと無機質な音が鳴り、冷たい鉄が両手にはまった。
これからずっとこんなものをつけられないと移動すらできないのか。
どうしても不安は募るばかり。
そして、手錠から伸びる鎖はアリスの手の中の金具についている。まるで犬の散歩のようだ。
そのまま牢屋を連れ出される。また、尋問が始まるのだろうか。
(また、きっとダーウェル様が…。)
ダーウェルと話して身の潔白を訴えたい一方、昨日のことが恐ろしくて怖い。
しかし、取調室を過ぎたあたりで、尋問ではないことに気がついた。
(では、どこに…?)
アリスはカツカツと軍靴の音を鳴らし、その後ろからペタペタ裸足でついていく。
階段を登り、内側から鍵を開ける。
道順や手順を隠さないのは、きっと御令嬢様には脱走する気概もないと思われているだろう。
扉が開くと、俯いていたリズベットは顔を上げた。
穏やかな風がゆったり流れ、湿った石や鉄ではない、軽くて澄んだ香り。
ピィ、ピィ、とどこかで小鳥が鳴いている。
空を見上げると、朝日が眩しくて目を細めた。
すぅー…っと息を吸い込むと、肺いっぱいに自然の空気が充満した。
朝露に濡れた土や草の匂い。陽の光を受けた雫が少し垂れて、光っている様子は、宝物のようにすら見えた。
たった1日尋問されただけで、こんなにも日常が羨ましく思えてしまった。
屋敷の庭にも当然草花はあって、朝の散歩でよく嗅いだ香りだ。
そんな日常は、今となっては特別なものに感じる。
ぐいっと強く引っ張られ、身体が前によろめく。
感傷に浸っていたリズベットは立ち止まってしまっていて、アリスは「止まるな」と冷たく言い放つだけだった。
歩くたびにチャリチャリ鎖が擦れる音が鳴り、朝の静けさにやけに響いた。
官舎に入ると、静かな外とは違い、朝の支度に忙しない雰囲気だった。
その中を明らかに場違いな女が罪人のように連れられていく。
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