客室を改造し、たくさん並べられた机には大小年齢入り混じる獣人たちがペンを握って座っている。
犬や猫、ウサギなど…、さまざまな種が混じり、教壇風の台に立つ女性を見つめていた。
「じゃあ、今日は自分の名前を書いてみてごらん。慌てなくていいし、綺麗に書けなくていいの。まずはやってみて、出来たら私に見せてね。」
この屋敷の主人となるリズベット・クリスティアは、朝食前、夕食前の時間を使い、使用人である獣人達の一部に文字や歴史、文化を教えている。
虐げられ、差別の対象となっている獣人達は基本的に学ぶ機会が与えられていない。
そのせいで大人の獣人であっても読み書きができないことが多いどころか、歴史も文化も知らないため、なぜ自分たちが差別されているのかもわかっていない者も多い。
(人間と獣人が対等になるには、学問は必要不可欠…。それに、いつか自立するにしても、何もわからないままなら、また搾取されるだけだわ…)
この屋敷で「使用人」として雇っているのは、ほとんどが奴隷として搾取されていた獣人たち。
リズベットが買い取る形で「保護」し、この屋敷で生活している。
リズベットの理想としては、ここで疲れきった心身を休め、物事を学び、いつかは屋敷の外でも暮らしていけること。
…ただ、世の中が変わらない限り、なかなか難しいことも分かっているが。
獣人達は、少し見た目の特徴が異なるだけで、人となんら変わらない。
慣れない手つきで一生懸命ペンを握る姿を見て、ふう…とため息をつく。
それと同時に、ドタドタと廊下を駆けてくる音が聞こえてきた。
この時間仕事をしているのは、リズベットの授業をある程度修了した、大人の獣人ばかりであらはずだが…。
ドアを勢いよく開け、息を切らしながらメイド服の獣人が叫んだのだった。
「リ、リズベット様っ!!屋敷の外で、倒れている獣人がいましたっ!」
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「やっと目を覚ました…大丈夫?」
報告を受けたリズベットは、その獣人をベッドに運ばせた。所々怪我をしている上、やつれていたように見えて、衰弱している恐れがあったが、目を覚ました様子を見て胸を撫で下ろした。
目を覚ました猫の獣人は、目の前の人間を警戒している様子。
おでこに乗せていた冷えタオルが落ちてしまったので、そっと手を伸ばしたが…。
パシッ!!
手を払いのけられてしまった。
少し赤くなった手をさすりながら、少し困ったように苦笑いし…
「…いきなりごめんね…。後で食事を運ばせるから、それは食べてちょうだい。貴方に危害を加えたり、酷いことはしないわ。それだけは信じてちょうだい?…シオン、あとは任せていいかしら。私だと怖がらせてしまうから…」
どんな事情があって、道端に倒れていたのかは知らない。人間でも、獣人であっても、困っている者を見捨てることはない。それはリズベットの信念であった。
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ああ、なんてリズベット様はお優しいのだろう。
見ず知らずの獣人のため、ベッドを手配し、傷の手当てまでなさった。
彼が目を覚ますまで、献身的に濡らしたタオルを交換し、無事であるよう祈りを捧げ続けている。
私はこんな主人に拾っていただけて、心底嬉しいと思う。娼館で無理やり働かされていた子らは、人間が心底嫌いだった。
いつか少しでも多くの人間を殺して死のうとも思っていた。
そんな荒んだ私を救ってくださったリズベット様には心から感謝している。
私は、リズベット様に拾っていただけた、第一の僕。どんな時でもお側にいると心に誓っている。
手当てがひと段落ついた頃、獣人が目を覚ました。良かったと思うと同時に、安堵したリズベット様を見て、私も安心した。どんなことであっても、我が主人が悲しむ姿は見たくない。
自然と微笑んでしまうのだが、リズベット様が伸ばした手を払いのけた姿を見て、
「…フーッ!!」
思わず犬歯をむき出しにして、リズベット様の背後から、殺してやると言わんばかりに睨みつけてやった。
思いっきり飛びかかって殴りつけてやりたい気分だが、リズベット様はそんなことを望まないことを知っている。
だから、今回だけは許してやる、猫人
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「リズベット様、少しお時間よろしいでしょうか?」
湯浴みを終えた私を待っていたように、シオンが廊下に立っていた。犬人の特徴的なモフモフの尻尾をフリフリしながら。
ちょうど私も、あの怪我人のことが気になっていたところで、自室へと彼女を招いた。
シオンが紅茶を淹れながら、報告を始める。
「あの猫人の手当てはあらかた終えました。食事も食べられているので、ひとまずはご安心ください。足の骨折がひどいので、歩くのは少し時間がかかるかもしれませんが…」
「そう…、それは良かったわ。ありがとう、シオン。」
「…それで、お話ししたいこというのは、その猫人のことでして…。話せる状態にはあると思うのですが、自分のことは話さないのです。人間を怖がって、警戒しているといえばそれまでなのですが…。」
そういいながら、シオンはテーブルに刃がむき出しの短刀を置いた。
泥に塗れ、刃がボロボロになったそれは、荒い使い方がされたのは容易に見て取れる。
「あの猫人が持っていた荷物に入っていました。警備のため、武器は取り上げたのですが、…その、柄をご覧いただけますか?」
「…これは「獣人語」ね…。」
「やはり、そうですか…。リズベット様の授業で学んだので、もしやと思ったのですが…」
『獣人語』
それは、かつて大昔の話。
人間たちはまだまだ文明が発達しておらず、獣人達は、その身体能力を持ってこの世界を支配していた時代。
獣人達は各種族に分かれ、争いに明け暮れていた。
終わりのないいがみ合いに終止符を打とうと、各種族の長が集まり、和平を結んだ。
そして生まれたのが、「大獣人国」。
獣人であれば、犬人だろうと猫人、兎人だろうと、平和に暮らす大国。その国で作られた獣人の共通言語が『獣人語』だった。
…しかし、その数十年後、鉄器や火薬を手にした人間に滅ぼされ、世界の支配体系は逆転。
人間が世界の王となって、獣人は隅に追いやられる存在になり、獣人語は忘れられた言語になった…。
「今は使われていない言語ですが、獣人のための獣人による国家建設を目論む『獣人解放戦線』は獣人語を使用していると聞きます。…あの者は、もしかすると獣人解放戦線のメンバーかもしれません。もしそうなら、リズベット様にあらぬ疑いがかけられるかも…。ただでさえリズベット様は私たちのせいで…。」
シオンが険しい顔でカップの中の紅茶を見つめる。
私も顎に手を当て、考えざるを得ない。
あの怪我人は、もしかすると獣人解放戦線のメンバーではないのか…。
私も、獣人達が不当に差別され、苦しみを背負わされる世の中は変わってほしいと強く願う。
でも、それは暴力によって成し遂げられるべきものではない。憎しみが憎しみを生み、終わりのない地獄の始まりだから…。
だからこそ、テロリズムによって世界を変えようとする獣人解放戦線とは相淹れることはない。
獣人に寛容的なクリスティア家は、国の制度と真反対を向いており、疎まれているのは知っている。一方で、古くからの歴史ある名家であり、憲兵達も簡単には手出しできないことも。
「…でも、それでも、彼は怪我をしているし、助けを必要としているわ。あれだけ怪我をして、空腹で倒れていたんだもの。何か事情があるはず。彼の口から直接話を聞いてからでも遅くないわ。」
私の出した結論は、リスクを背負ってでも助けることだった。
シオンは口にしなかったが、「追い出すべき」と言いたかったのだろう。本当に正しいのはそっちの選択肢だと私も思う。
幼い頃、山道を馬車で走っていた時のこと。
山の天気は変わりやすく、突然の嵐に襲われ、土砂崩れに巻き込まれたことがある。
馬車は土に埋もれ、変形したドアは当然開かず、私はわんわん泣いてしまった。
そんな私たちを助けてくれたのが、山に住んでいた獣人達だった。
その時でも人間と獣人の間には、ひどい軋轢があったのだけど、彼らは私たちを助け、怪我の手当てをした上で領地まで送り届けてくれた。
その親切な彼らは、迫害されてあの山に住んでいることを知り、私はこの世界の歪みと戦うことを決めたのだ。
この程度で折れてやるもんですか。
【遅くなってごめんなさい。サリーナ改め、リズベットです。
少しずつ書いていたので、変なところがあったり、読みにくいかもしれません…。
矛盾しているところとかもあるかもですので、適宜修正してもらえると助かります】
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