「…さて、じゃあ早速書類等にサインしてもらおうかしら。フローレンス領からは遠かったでしょう。疲れているだろうし、今日はゆっくりしなさいね。」
(何故隣同士で座るのよ…。全く、相変わらずこういうところが嫌いだわ…)
アレクを座るように促したが、よもや同じソファの隣に座ってきたメイサにほんの少し苛立ちを覚えた。
そのような心情など露ほど知らず、ニコニコと無邪気に笑みを浮かべるメイサ。
馬車の中では、リーゼロッテは大親友だとメイサから聞いていたが、当のリズの応対にほんの少し違和感を覚えたアレクだったが、膨大な書類に目を通したり、サインをしたりしているうちに忘れてしまった。
(ふむ…、それにしても何故この男はフローレンス公爵様に殺されていないのかしら。有名な愛娘家である公爵様なら、このような男が擦り寄ってる時点で処刑でもしそうなものなのに。)
いそいそと書類に苦戦しつつもサインしていくアレクを見つめながら、顎に手を添えて考える。
アレクの素性は洗いざらい調べつつあり、その人となりも知っている。
(酒場では喧嘩が当たり前、娼館もあちこち出入りし、テクニックに入れ込んだ娼婦も出て出禁になった店もあるとか。…まあ、いわゆる下賎の者ね。本当であればこんな男を家に入れるなどあり得ないけれど…、公爵様から直々に文書が届いてしまったら、ねえ…。…メイサはこの男のことを知ってるのかしら…。)
「…?どうしたのかしら、リズ。」
(…メイサが直々に来ているというのも不自然。暇な…わけではないでしょうね。アレコレしているのも調べてある。忙しいだろうに、何故わざわざ…?本当に私に会いに来ただけかしら?)
不自然で不可解な状況。
この男の素性をメイサだけが知っていて、親友のリズに警告しに来た…とも考えたが、上機嫌な様子から違うと断言できる。
酒場や娼館での様子は昔のことであり、サリーナの療養先で改心したのだろうか。
直に見たことはないが、大袈裟なほどに美しいと有名だが、メイサの娘であればおよそ本当だろう。
それでいて性格も良く、信仰も厚いと聞けば、儚い美少女に触れ、心を改めたのかも…。
(ま、どうするかは後で考えましょう。最悪、調査結果をフローレンス公に送りつけてやってもいいし。何故黙認されているかは知らないけれど、爵位を持つ私からの直訴なら受け入れざるを得ないでしょう)
「よし、書類はこれで全部ね。とりあえず今日は休みなさい。明日から色々と忙しいかもしれないけれど、不便があったら私か付き人の執事に。…じゃあ、しばらくアレク君は借りるわね。」
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(メイサまた来たのね。これで3度目…。何をしてるのやら…。変なコト…、いやいや、公爵夫人が不貞なんて…、あり得るわけがない…)
リズに軽くだけ挨拶し、すぐにアレクのもとへ行くメイサ。10日一度の頻度で顔を出し、アレクにあてがわれた私室でしばらく過ごす。
流石訝しむが、公爵夫人の立場でそのような軽率なことはするか…、常識的に考えればあり得ない。しかし…、
と堂々巡りになっていた。
「アレクまた様子を見に来たわ。キチンと真面目にやっているのでしょうね…っ」
アレクの部屋を訪れたメイサ。
言葉だけは一丁前ではあるが、表情は艶っぽく潤んでいて、頬は上気している。そして、慌ただしくドレスのスカートを捲り上げた。
「…ほ、ほら。言われた通り下着はつけないで、馬車の中で慣らして来たわ…。それより時間もそんなにないから、早くちょうだい…っ❤︎」
常識的に考えれば、公爵夫人が不貞などあり得ない。
しかし、既にメイサは普通ではなかった。
熟れた身体は性欲を増す一方だが、レイウスは抱いてくれない。半年に一度程度、その夜が来るが、メイサが奉仕するだけで、エルフの血によるドM気質なメイサは満足などできない。
芯から快楽を与えられるアレクとの交尾はかけがえのないものになっており、もはやサリーナ以上に夢中であった。
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「君が来て、ちょうど一ヶ月だ。御馳走を用意させてもらったし、ほら、上等な酒もね。考えれば、二人っきりで食事はしていなかったし。仮でも親子関係なのだから、お互いのことを知り合おうと思ってね。」
メイサと散々ヤったその日の夜、リーゼロッテから食事に誘われたアレク。
リズの私室に呼び出され、豪奢なテーブルを挟んで向かい合って座らせられた。
メイサは10日一度のペースで来訪し、アレクの部屋に来る。流石にバレたのか…と緊張していたが、リズの態度からとりあえずの窮地ではないことがわかった。
「ふふっ、そう…。食事のマナーも上手にできているね。君は公爵家の娘婿なのだから、社交界に出ることも多いだろうし…。これは遠方の島国の酒で、珍しくて高価な酒よ。遠慮せずに、好きなだけ飲んでちょうだいな。」
リズが自ら酒瓶を取り、アレクのグラスに注ぐ。リズが手がける多数の事業の中で、最も力を入れているのは貿易業だった。海に面した領地を生かし、他大陸や遠い島国と貿易し、多額の利益を生んでいた。
しかし、一方的な取引の破棄や、無理難題をふっかけられることも多く、やはり女当主は舐められがちだと痛感する。
今日も荷を用意してから、無理な値下げ交渉が始まり、最後には契約破棄されてしまった。
こうなれば損でしかないが、リズにはどうすることもできない。
そういった苛立ちからか、少し飲み過ぎてしまった。
東方の島国の酒は、純度が高く、酔いやすい。
常に凛とした態度のリズの顔はほんのり赤く、瞳が潤んで口数も多くなってきた。
「ところで、メイサは今日も来てたわね。私への挨拶はそこそこに、すぐに君のところへ…。君たちは毎回何をやってるの?」
グラスに口をつけ、スンっと据わった目でアレクを見つめる。いつか訪れるであろう質問に、アレクがあらかじめ用意していた言い訳をしようとした瞬間、
「ま、何しててもいいんだけどね。君、随分な荒くれ者らしいし。…あ、君のことはとっくに調べがついているわよ。サリーナの療養先では、…ふふっ、フローレンス公からのお金を使って娼館に…、ふふっ、あははっ、ごめんなさい、本当に面白くって…。」
アレクはリズのことを調べていない。
しかし、リズは全て知っている。
計画は全て破綻、台無し。流石のアレクにも緊張が走るが、リズはあっけからんとして笑っていた。
「ああ、別にフローレンス公に報告する気はないわ。だって、メイサの娘が、こーんな野蛮な男と結婚だなんて、笑っちゃうじゃない。」
アレクからしたら耳を疑うような言葉。
メイサとリズの二人は大親友…、とはメイサから聞いた。しかし、リズからの視点は聞いていない。
「あの子、昔っから嫌いなのよね。可憐で可愛らしくって、そのくせ頭が良くて、性格も良くって…。家柄も何もかもが全て私の上で…。見下されもしていないことが腹が立つのよ…。だから、別に何をしてたってどうでもいいのだけど、私の屋敷で把握もしていないようなことをされていたら困るの。メイサは毎回貴方に何をしに会いに来てるのかしら。」
サリズの整った顔は男を魅了する力があるが、邪悪な物言いとは裏腹な笑みは恐怖を覚えさせる。
生意気だが可憐なメイサ、美しくほんわかとしたサリーナ…、とは異なる別種の美人。
ここでうまくやれば、もしかすると…。
アレクは言葉を選びつつも、口を開いた…。
【ありがとうございますっ。ご助言通りにしてみましたが、いかがでしょうか?夜中に目が覚めてしまって、眠れない勢いのまま書いてしまったので、読みにくかったり、変なところがあったら軌道修正してください> <】
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