「まあ…っ、こんなにたくさん人が…。うふふっ、私は幸せ者ですね…っ」
バルコニーから中庭を見下ろし、時間が許す限り、サリーナは手を振り返した。
病弱の姫の快復した姿を見ようと一般の客もたくさん集まっていて、大きな声援がここまで聞こえ、その度に笑顔を返した。
自分のためにこんなに大勢が集まったことが、心底嬉しい反面、パーティで起こすことについては内心不安でもあった。
(アレクとずっと一緒にいるため…、私も頑張らないと…っ!)
全てはアレクの邪な欲望によるものとは知らず、健気に決心を固めていた。
「お目にかかれて光栄でございます、マトス様。このような遠方まで…、長旅ではございませんでしたか?」
パーティの主役たるサリーナの周囲には常に人だかりができていた。
大陸の反対側に位置する国の王族すら現れ、サリーナを祝った。その他にも皇族、貴族や豪商の一族など…、花束を受け取っては後ろに控えているルシアに預ける。
サリーナが城に戻ってから挨拶に来たり、求婚話を持ちかけてきた者たちも多く参加しており、絶世の美女の噂の強さを再認識させる。
社交会にはほとんど出たことがないサリーナでも、母のメイサや家柄から常に噂の的になっていた。
挨拶を交わしつつ、数人の殿方とダンスを踊ったりしていたら、視界の端でアレクがレイウスに呼ばれたのが見えた。
(うぅ、いよいよですね…。緊張してきました…)
アレクが跪き、レイウスに「サリーナをいただきたい」とはっきりと告げた。
あまりに無礼な行為に会場が静まり返る。
皆が青ざめる中、サリーナだけは顔を真っ赤にして頬に手を添えていた。
(わわ…っ、プロポーズされてしまいました…。あんなにハッキリ…、うふふ…っ)
人を避けながらそっと前に近寄る。
デオドールやグラベルが約束通りアレクを支援し、メイサまでもアレクを庇った。
メイサの複雑な心境やビクッと震えて内股同士を擦り付ける仕草などには気が付かず、母が味方をしてくれていることに嬉しくなるだけだった。
レイウスに呼ばれたサリーナは、ソロソロとゆっくり前に出て、ドレスの裾を広げてアレクの横に並び跪く。
「お父様…。私はアレクを心から愛しております。病に伏し、死を待つだけだった私を…、命も顧みず側にいて看病してくださいました…。私の甘えたような我儘にさえも真摯に取り合ってくださり、誠実な人柄にいつしか惹かれるようになったのです…。不出来な娘の…、私の最後のお願いです。アレクとずっと一緒にいたいのです…。」
病弱で儚い娘の、細く…それでいて凛とした言葉が会場に響く。
サリーナの必死な願いに胸を打たれる者もいたが、レイウスの怒りは頂点に達した。
「アレクッ!貴様はサリーナを誑かしたのかッ!?もう良いッ、此奴を連れて行けッ!」
レイウスの怒号を聞き、帯剣した衛兵が近寄ってくる。しかし、衛兵たちから隠すようにアレクに抱きついて庇い、キッと睨みつけた。
「私の大事な人ですっ、近寄らないでくださいっ!」
主君の命令であるため、サリーナを引き剥がしてでもアレクを連れ出さなくてはいけない。
しかし、一介の使用人にすら気さくに話しかけてくれるサリーナは衛兵からも好かれており、明確な敵意は彼らを躊躇させた。
アレクに密着したサリーナの胸は早く強く鼓動していて、緊張の具合を伝える。
サリーナにとっても初めての父親への反抗であった。
衛兵も顔を見合わせて対処に迷っている。
その隙にレイウスの側まで壇上を駆け上がった。
怒りに震えるレイウスの手を取り、自身の胸元に当てさせる。
「私は、本当であれば死んでしまっていました…。もう2度とお父様やお母様にお会いできないのであれば、病気に殺される前に、せめて自分で命を断とう。そう考えた時すらありました。しかし、私は今、生きています。アレクが、私を助けてくださったのです…っ。希望を与えてくださり、ずっと側にいてくださいました。どうか、私からもお願いです。私とアレクの、結婚をどうかお認めください…っ!」
潤んだ瞳、震える手。
怒れる父親に怯えながらも、それでも目を離さず、真剣に訴えかける。
本来であれば処刑されて捨てられるはずのアレクだが、勝手にサリーナが守り、求婚の訴えまでしてくれる。
こんな美味しい展開に口元が緩んでいることに誰も気が付かなかった。
【とってもお待たせしてしまいました…。ごめんなさい…っ】
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