「これほど清潔に保つのは大変でしょう。アレクには本当に世話になりますね。」
屋敷の奥にあることもあり、時折しか訪れることができず、偶に来ては祈りを捧げていた礼拝堂。
しばらく来ない間も掃除が行き届いていることがすぐに分かり、アレクに微笑みかけ、感謝を伝えた。
(城でも確か、礼拝堂を清めていたと聞きました。やはり信心深い、真面目な性格なのでしょう。アレクが将来を誓ったという彼女のために、ほんの少しでも…)
アレクがせっせと儀式の準備をする背を見て、幸せ半ばにこの世をさってしまった(架空の)恋人のことを想い、そっと手を握り組み、目を閉じて祈りを捧げる。
(私の我儘のために、アレクに付き合わせてしまい、申し訳ありません。天にまします我らの父よ、どうか彼女に救いを…)
アレクが嘯いた架空の人物のために、祈りを捧げると同時に、準備が終わったようで。
目を開けると、アレクが驚いたように跪いたサリーナを見下ろしていて、目が合った。
「ええ、よろしくお願いします。なにせ、このようなことには疎く…、作法を教えてくださいますか?」
紙を手に取り、ペンを用いて、見様見真似で愛を誓う言葉を記していく。
「私、サリーナ・フローレンスはアレク・スノウを夫とし、命尽きるまで愛することを誓います…。これで、夫婦…なのですね。一生経験することがないと思っていましたので…、なんだか不思議な気分ですね。」
愛を誓う紙を丁寧に折り畳み、胸に抱き締めて、神像を見上げる。
儀式を終えた…と思い、感傷に浸っていたが、アレクの言葉を聞いて驚きの声を上げた。
「…え、えぇっ!?ぁ、く、くくっ、く、口づけ…ですか?」
目を見開き、半歩下がって口元を手で隠す。
動揺を全く隠せない姿を見て、嫌がっていると思われたのか、「お嫌なら…」と続けたアレクに軽く首を振り…
「い、いえ、嫌などではなく…。しかし、その…、万が一、ですが…。」
微かな風に揺れる蝋燭の火に灯されたサリーナの頬が桃色に変わっていき、歯切れ悪そうに目線を逸らしながら続けた。
「その、…赤ちゃんが、できてしまったらどうしましょう…。」
もじもじ、と恥ずかしそうに身体をくねらせながら呟いた。
アレクの反応を待っていたサリーナだったが、アレクはまたも目を見開いて驚いた様子。
「あの…?」と声をかけたところで、口づけでは子を為せないということを聞き、今度はサリーナが目を丸くして驚いた。
「なんと、そうだったのですか…!?物語の中では、口づけするシーンのみであり、愛の終着点で、女性としての最後の仕事なのかとばかり…。それでは、どのようにして子供は…。い、いえ、神の御前で、これ以上話が逸れるのはいけませんね…。それでは、失礼致します…。」
数歩近づき、ゆっくりと目を閉じる。
口づけなど、初めての経験で、シンと静まる礼拝堂に響き渡っているのかと思うほど、心臓が強く高鳴っていく。
少しつま先を上げて、背伸びし、アレクの唇に軽く重ねた…。
「…、ふふっ、キス…、してしまいましたね…。」
そのまま軽く倒れるようにアレクに体重を預け、悪戯に笑みをこぼした。
長い髪がふぁさっと広がって靡き、ローズの甘い香りがアレクの鼻腔をくすぐる。
(お父様達に内緒で、隠れてイタズラしているみたいで、少しワクワクしちゃいますね…!)
アレクが何を企んでいるのかも知らず、初めて悪さをした気分になり、アレクの胸元でクスクス笑っていた。
いえいえ、お気になさらず。
付け足しなどある際は遠慮なさらず、お気軽にどうぞ。
こちらも何かあればそのようにいたしますね。
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