アレクがサリーナの申し出を承諾したことでホッとしたのか、さきほどまでの思い詰めた表情は和らいだ。
「妻」という言葉に心が踊るなどと、聞いていたアレクも少しあきれ、思わず吹き出しそうになる。
だが考えてみれば、恋をし色々なことを経験するはずの時に病気が悪化し、そのほとんどの時間を病床で過ごしたサリーナ…だれもが当たり前ように手にするものすら知らずに来たのだから仕方のないことなのだろう…
ある意味、哀れにさえ思えるサリーナの無知さは、アレクにとってラッキー以外何ものでもない。
何と知らないサリーナにどんな嘘を教えようとも、それが間違いだと忠告するものすらいないのだ。
事業が失敗し庭師としてフローレンス家に仕える身となったアレク一家…学校に通うこともなく教養と呼べるものもないアレクだったが、貧しいなかで生きていく術を身につけたアレクは、ずる賢さにかけては群を抜いていた。
どのような態度を見せれば相手に信用させることができるのか…どうすれば信頼を得ることができるのかをアレクは実践の中で培ってきたのだ。そのいい例がサリーナのお父上だ…まんまとアレクに騙され愛する娘を託してしまったのだ。
領主として広大な領地を治めるサリーナのお父上さえ見抜けなかったアレクのずる賢さをサリーナが見抜けるはずもない…眼の前で真剣な眼差しで自分を見つめるアレクが何を考えているのかなど気づくはずもない。
(さて…引き受けたはいいが、どうするかだな…あとあと面倒なことにならないようにしなきゃな…)
「サリーナ様…今、形だけ…と申しましたが、やはり正式に夫婦の契を結びませんか?
こんなことを言うのは恥ずかしいのですが、いくらサリーナ様がお約束をしてくださったとはいえ、何処から露見するやもしれません…正式な契の儀式を済ませておけば、仮に露見したとしても斬首は免れるかもしれません…自分の保身のためにサリーナ様にお願いするのは情けない話ですが…」
短時間の間に頭をフル回転させ出した答だった…後々、この答がアレク自身も想定していない幸運をもたらすことになるのだが…
遅くなりました。
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