「お母さん、また外食ー?」
「うん…、私ばっかりごめんね、夏芽ちゃん…。」
「いいって、お母さん息抜き必要だしー…、それに拓海と遊べるから別にいいよ。本当に気にしないでっ!」
あれから、何度かお誘いを受け、応じ続けた。
何度か付き合ううちに、彼の人となりがわかってきた。
財力があり、性根や性格は優しく清らかなもの。しかし、容姿が少し人よりも劣っており、そのせいで毛嫌いされやすい…。彼はそう自分でも言っていた。悪い人ではなく、むしろ…。
(でも、私は…。子持ちのうえ、借金まである…。好意を持ってもらえるのは嬉しいけれど、迷惑しかかけられない…。それに、あの人にも…)
左手の薬指を見て、永遠を誓った相手を思い出す。夏芽がお腹にいた頃、彼女の将来を2人で想像しあったものだ。
「美奈子に似て、きっと美人だから女優!可愛い系かもしれんし、アイドルだってあり得るぞ!いや、君は頭が良いから、女医なんて可能性も…。」
産まれもしていないのに、そんなことばかり言って、一番夏芽の将来を楽しみにしていた旦那は…。
(拓海くんとのデートだって、きっと嫉妬してただろうな…ふふっ。)
亡くなった旦那を忘れたことなんかない。
夏芽を命に換えても守ると誓い合ったが、しかしもう美奈子だけでは無理…。赤字が書いた封筒が証明している。
夏芽に見られないようにするだけでも神経を使い、神経がすり減り、過労もあってストレスが溜まる。
そんな美奈子の最近の楽しみはもっぱら…
「今日もありがとうございます、お誘いいただいて…。夏芽のことも相談に乗ってもらって…。」
(パート仲間相手だとすぐ噂になっちゃうし、少し遠い方には気楽に話せていいわね…。次郎さん、頭が良いから的確にアドバイスくださるし…)
ドライブに誘われ、車内で夏芽の最近の話や、学力の話などをしていた時、カバンから一つの封筒が落ちた。
夏芽に決して見られないようにしていた、例の督促状…。鞄に隠していたのを忘れていて、慌てて拾い上げたのだが…
「ち、ちが…っ!!…いえ、もう、今更ですよね…。はい、お恥ずかしながら、借金があります…。額は9万円ほど…。返してはいるのですが、少しずつ利息がついて、どうにも…。切り詰めてはいるつもりですが、娘には辛い思いをしてほしくなくて、見栄を張ってしまって…。旦那がいたら、もっと上手く…、本当にダメな母親ですよね…。」
口にしていて、自分が情けなかった。
しかし、見られた以上、白状するしかない。
「い、いえ、そんなの悪いですっ!それじゃ、お金のためにお会いしてたみたいですし…、それにそのようにしていただく価値など…、え…?」
(一緒になりたい…って、私…と?こんなハッキリ言われるなんて…)
ドキン…、胸が高鳴るのを感じた。
同時に亡き夫に負い目を感じ、無意識に左手の薬指を押さえてしまった。この人は夏芽のこともきちんと考えてくれている…、それが本当に嬉しかった。コブ付きだと邪険にせず、真剣な目をしていた。
「その言葉、本当に嬉しいです…。まさか、この歳になってこんな気持ちになるなんて…。でも、少しだけお時間をください…。」
それから数日、ずうっとこのことを考えていた。
パート中もずっと、ミスも増えてしまい、「美奈子さんらしくない、体調でも悪いのだろうか」と周りが心配したほど。
そして、あの日から1週間ほど経過した頃、次郎の携帯に着信があった。
「こんにちは、お仕事してるだろうに、こんな時間にごめんなさい…。私としては、次郎さんのような素敵な方と一緒になれるなら、身に余る二度目の幸せというものです…。しかし、知っての通り、私には娘がいます。夏芽と会ってもらい、夏芽が次郎さんを気に入って、許可してくだされば…、その時、私は喜んで妻になりたく思います…。偉そうに、条件をつけるようにしてごめんなさい…。」
その電話の数日後、美奈子は自宅に次郎を招待した。
「次郎さん、わざわざ呼びつけてしまい、ごめんなさい…。夏芽ちゃん、この人が紹介したい人なの…」
「ど、どうも…っ、初めまして…っ。娘の夏芽ですっ、高校一年生で…、あっ、えっと、母がいつもお世話になってます…っ!」
美奈子の横で、ぎこちない表情で、ぺこりと頭を下げる夏芽。
フォーマルな場であるためか、制服を着ていて、初々しい。手足は少し日に焼けていて、ポニーテールも相まって、活発な印象。
瑞々しい肌、美奈子ほどではないが発展途上の身体から青春の香りがしている。
緊張した様子は次郎にも伝わっていて、半歩下がって美奈子の後ろに隠れていて、母を信頼しているのが見て取れる。
(や、やば…。お母さんの「会って欲しい人」って、どういうことかなんとかなく想像してたけど…。お母さん、趣味悪い…?ってか、外見より中身派的な…?)
夏芽は母の男の趣味に若干引いていたが、当の美奈子は…
「さあさ、次郎さん、どうぞ上がってください…。ご飯も用意してますから…っ、今日は私がご馳走させていただきますので…っ」
頬を少し赤らめ、幸せそうに口角を上げていた。
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