「じゃあ、今日は少し遅くなるから…、ご飯は拓海君と食べてちょうだい。」
「職場の方とご飯だったよね。お母さんゆっくり楽しんできてね」
最愛の娘を残し、1人待ち合わせ場所へと向かっていた
娘にはいつも仲良くしている幼馴染の男の子ががいて、安心して任せられる。
誰かと外食なんて久々。
最後の外食は夏芽の中学校卒業祝いで、それ以降贅沢はしていない。
自覚はないが、美奈子は美人の部類に入る方で、未亡人ということもあって言い寄られることはそれなりにあった。
しかし、亡き夫に操を立てたこと、夏芽はその父を強く慕っていたため、父は1人にしてあげたいことから、全て断り続けていた。
(ふう…、年柄にもなく、少し緊張しちゃうかも…。やっぱり断ればよかったかしら…)
今まで断り続けてきた美奈子が、勤め先の社長の友人からの誘いに何故応じたか。
それは…
(社長のご友人だし、やっぱりお金持ちなのかしら…。…やましい考え、こんなのは恥じるべきなのだけど…)
夏芽が中学生に上がった頃から、少しずつ借金ができ始めていた。
金額は大したことなく、一万円前後。
給料が入ったら返して、また借りてを繰り返し、その金額は少しずつ大きくなってきていた。
現在の借金額はサラ金から7万円ほど。
まだやり直せる金額ではあるが、こんなことを繰り返していたら、いずれ取り返しのつかないことになる。
先月の夏芽の高校入学にはお金がかかり、その時も借金をした。
まだなんとかなったが、将来夏芽が大学進学したいと言った時、「お金がないから」なんて言えるわけがない。
(親が子供の人生の邪魔をしてはいけない…。なんとかしないと…)
社長には何度か正社員登用の打診したが、この年齢からは難しい。パートやバイトを掛け持ちしてはいるが、どうしても足りない。
もし自分が体を壊したら、もし夏芽が病気になったら…、少しの不幸でも乗り切れず、パンクしそうな家計。
焦っていたからこそ、今回のお誘いに応じることにしたのだった。
「遅くなって申し訳ありません。お待たせさせてしまいましたか…?」
(少し…ええと、個性的な見た目の…。ううん、容姿で判断するのは失礼ね…)
見た目としては一般的には優れていない男性がそこにいた。
失礼な感想を抱きかけた自分を律しつつ、深々と頭を下げた。
美奈子は自分なりに精一杯のオシャレはしてみたものの、自分のものなど買う余裕はなく、洋服は昔の物。化粧道具だって、社会で生きていく中で、失礼にならない程度のものしかない。
みずぼらしい容姿をしているのは自分の方だ。
(すごく高そうなレストラン…。こんな格好で私なんかが入ってもいいのかしら…。)
予約をしてあるというお店はいわゆる高級レストランで、とても自分の分は払えないと遠慮したものの、次郎の強い押しで入店することになった。
食前酒に口をつけ、数年ぶりのアルコールは沁みるほど美味しかった。
「ええ…っ!そんな、その…フリーランスなのに、そんなにも…。すごいですね…っ」
(やっぱりお金持ち…。多分、私に好意があるから誘ってくださったのでしょうし、事情を話して…。でも、それじゃまるで乞食じゃない…。)
苦しい生活を送っており、夏芽だって賢い子であり、美奈子が黙っていても、きっと色々なことを我慢しているに違いない。
どうか、夏芽だけは楽に、自由に、やりたいことをやってほしい。
しかし、美奈子にだってプライドはある。そう簡単にそんなことは口にできなかった。
「うふふ、そうなんです。夏芽ちゃ…、いえ、娘がこの間高校生になって…」
「娘は運動が得意なんですけど、部活動とかには入っていなくて…。幼馴染の男の子と遊ぶのが好きなのだけど、本当は我慢してるんじゃないかって…。娘の写真?えっと、…、これが娘、夏芽です…。とっても可愛らしいでしょう?うふふっ」
最初は緊張して色々なことを考えていたものの、アルコールが入っていき、少しずつ上機嫌になっていった。
とりわけ、娘の話を振れば口数が多くなり、次郎からすれば扱いやすかっただろう。
少しサイズが大きい制服に身を包んだ高校入学式の夏芽の写真を見た次郎の口元の笑みに美奈子は気が付かなかった。
「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました。お会計までしていただいて…。は、はいっ、私なんかでよろしければぜひ…。まあっ、こんな…、本当にお気遣いありがとうございます…っ」
(この方、すごく優しい方なのね…。夏芽ちゃんへのお土産にバナナスイーツ…。私の娘の好みを調べてくれたのかしら…)
美奈子が夏芽の話ばかりするため、職場の人間は夏芽の好みも知っている。
そういう下準備の良さも、美奈子から見れば好印象で、誠実な男に見えた。
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