…それじゃ、お父さん、お母さん、いってきます!
「うん、いっといで。身体には気をつけるんだよ?」
(翌日早朝。来た時とはまるで別人のようになったまなみは、家を出て行きます。)
「…しかし、こないだ来たばかりなのにもう帰るのか?」
「ふふ…あなた、寂しいの?でも今のあの子には、一分一秒も無駄にできないのよ?それだけ大事な事だから…」
「…大方、りっちゃんとのことだろ?」
「あら?気づいたらしたの?」
「まあな…ともかく、元気になったんならそれでいい。祐介くんの方にも連絡いれておいてやってくれ」
「そうですね?」
…ついた…そういえば、まな、りっちゃんの神戸の家行くのはじめてだな…できれば…こんな形で行きたくなかったけど…
(午後には神戸につき、まなみは住所を頼りにしゅんくんの部屋に向かいます。何度も道を間違えて、何とかたどり着いたのですが…)
〈着いたけど…いざ目の前にすると…足がすくむ…
あの時の星野くん、本当に怖かった。たぶん、りっちゃんやみんながいなかったら…殴られてた。女の子だなんて事関係なしに。
もう…りっちゃんはまなだけのりっちゃんじゃないんだ。でもそれでいい。
うまく話せるか…ゆうすけさん、力…貸してください!〉
ピンポーン…
…あら、だれ?ごめん、しゅんいち、見てくれる?
(律子は、あの日のことを気にして塞ぎ気味になりながらもトレーニングをこなし、普通に生活していました。気落ちしないようにしゅんくんが支えてくれていたからです。この日鳴ったインターホン。確認しに行ったしゅんくんが、画面の前で固まっているので、見に行くと…)
どうしたの?しゅ…
…まな?まなだ!帰ってきてくれたんだ!まなっ!
っ?ちょっと!しゅんいち!離して!まなが!まながすぐそこにいるんだよ?
離して!まなが答えを見つけて尋ねてきたんだよ?
応えない方が卑怯だよ!しゅんいち!
まな!まなあああっ!
(玄関先のまなみをみつけ、喜んで通話に出ようとする律子。ですがしゅんくんがその動きを抑えて、ボタンを押させてくれません。
力の限りしゅんくんの中でもがき、泣き叫びながら必死に腕を伸ばす律子。ゆうすけさん同様、しゅんくんもまた、この2人の絆の深さをあらためて思い知ります。だからこそ合わせられない。あんな目で大事な大事な律子が襲われた事実がある限り…
実際、ゆうすけさんたちの到着がもう少し遅ければ殴っているところでした。画面越しに見えるまなみの目はもうそんなではないとわかっている。けれど…)
しゅんいち!聞いてるの?
ここで会わせてくれなきゃ、あたしあなたを許さない!見てわかるでしょ?これがあの日のまな?画面越しでもわかるでしょ?どれだけ反省してるかを!
あたしを大事だと言うんなら!おねがい!まなに…
(律子が初めてしゅんくんに剥き出しの敵意を見せます。一瞬緩む力。律子は全力で振り解くと声を聞かせようとします。ですが、時間が経ち画面は切れていて…あわてて付け直しますが、そこにまなみの姿はいません。律子はそのまま壁にもたれてずり落ち、泣き崩れます。)
まな…まなぁ…なにが言いたかったの?どうしたかったの?…あたしは…もうとっくに許してるから…あなたのあの目のことはとっくに…
っ!触らないでっ!ひどいよ!いくらなんでもあんまりだわっ!今…今この時の事…あたしはあなたを絶対に許さない!
(しゅんくんの気持ちも知らず、律子は泣いて癇癪を起こします。まるまって泣き崩れ…しゅんくんも困ってしまい、時間だけがすぎ…
律子はその場で泣き疲れて眠ってしまいました。うわごとのように、まな…まな…とつぶやいて。
しゅんくんはそんな律子を抱き抱えると、ベッドで寝かせます。そして、あらためて玄関のドアを開けると…)
…あ…
(まなみはそこにいました。ドアの横、呼び鈴の下でうずくまり、小さくなって…まだまだ寒さの残る毎日、頬や耳を真っ赤にして、小さく震えながらもその場に…睨むように見下ろすしゅんくん。ですが、沸き立つ感情を殺し、目を伏せながら自分を鎮めるように大きく息をつきます)
「…荷物、貸して?律子は今泣き疲れて寝てる。
ここじゃ何だから、外で話そ…」
…うん。
「それと、ちょっとまってて…」
(まなみを玄関で待たせ、しゅんくんは暖かいカフェオレを淹れてくれました。上がらせるのは話次第。まなみが美味しそうに飲んでいる姿を見ると、荷物を律子のそばにおき、『まなみさんと話をしにでかけます』と書き置きしました)
…ごちそうさま。すごく暖かくて…美味しかった。
「それはよかった。…もう行ける?」
はい…
(まなみと実際会い、その目や雰囲気に触れるうち、しゅんくんもまた、あの日のわだかまりはほとんど溶けていました。やはりまなみはあんな事をする子じゃない。だからこそ、理由を聞いて納得したい。外に出て歩く2人。しゅんくんのやや後ろをまなみはついて行きます。
やがてふたりは大きなグラウンドのある公園に着きます)
…ここ…たぶん、りっちゃんがいつも行くって言ってる…そっか…静かで…いいところ…
…ほしのくん…本当に…ごめんなさい。のんちゃんの事からのまな…おかしかった。どうかしてた。
取り憑かれたように何かがまなの中で狂っていくのがわかってて…止められなかったの…
(距離にして2メートルくらい。ちょうど歩いてきた距離をそのまま保ち、まなみは切り出します。しゅんくんは振り返り、腕を組んでまなみを見て…
深く下げた頭をゆっくりあげて、まなみは続けます)
…まな、久しぶりにのんちゃんとかみんなに会って、嬉しかった反面自信がなくなって…
前に、ゆうすけさんとりっちゃんには、まなは待つのが仕事だから、思い切って前をみて進んでねって…話しました。でも…それでいいのかなって…
特にりっちゃんの伸び方はすごいから…このまま…あなたのもとに行った後に残った、純粋にまなだけのりっちゃんまでもが…消えて無くなるんじゃないかって急速に感じて…
おかえりをいつでも言えるように待ってるうちに、まなの中のあの子はもうふりむいてくれなくなるんじゃないかって…ふと思ったら…
…黒くて冷たい何かに…心を…握りつぶされました。そこからはもう…
「これまでの事はわかった…今のまなみさんを見ていて、もうあの目をした、本当に悪魔みたいだったまなみさんじゃなくなったのはよくわかった。だから、あの日の事はこれっきりにしようって思ってる…」
ほしのくん…ありがとう…
「だけど!これまでとこれからは違うから!
何がどう変わって、これからどうしていくか示してくれないと、律子には合わせられない!
そこは…どうするの?」
それは…
(日が傾き始めます。サワサワ…と風が木々を揺らす中、まなみはしゅんくんに見つけ出した答えを話します。長い沈黙が2人を包みます。これで駄目ならもう2度とここには来ない。そう決心しているまなみの真剣な眼差し。やっと口を開いたしゅんくんは…)
「それは…我儘で欲張りでしょ?でも、まなみさんらしいや…」
…まな、本当は我儘で欲張りなの。最近気づいたんだけどね?
(しゅんくんは忌憚のない感想を述べ、まなみもまたおどけて返します。ふたりの距離は徐々につまり、まなみはポフッ…としゅんくんの胸に。肩を震わせて俯いて涙を溢すと、何度もごめんなさい…ごめんなさい…とつぶやきます。しゅんくんは、まなみの頭を撫でてあげながら…)
「…今度あんなことしたら、その時は殴るよ?
それだけ…あの時は気持ちが沸騰しそうだったから」
うん…もうないけど、もしまた…まなが道を外しそうになったら…その時は思いっきりお願い…それと…
(まなみは、しゅんくんの首に腕を回すと、ぐいっと引き寄せます。そしてキスを…唇を合わすだけ。少しの間そのまま…そしてそっと離すと…)
…ないしょだよ?どちらにも…これが…まなの気持ち…ほんとに…ありがとう…
「まな!」
っ!りっちゃん!
「起きたらしゅんいちいないし、まなの荷物あるし!行くとしたら絶対ここだって!」
りっちゃん…りっちゃんっ!ごめんね!ごめんね!
「ばかね…なんて事ないのよ?もう気にしないで…」
でも!でもまなは!あんな醜い目で!姿で!あなたの事を!
「もう過ぎたことよ?あたしこそごめん。信じてるって何度もいいながら…まなを突き放した…」
いいよ!そんな事もう!あたしの中に、ちゃんとりっちゃんがいるってわかったから!
(2人はしゅんくんの目の前で抱き合い、互いに謝り許し合います。敵わないなぁ…となんとも言えない顔をするしゅんくん。律子はまなみを胸に抱きながら)
しゅんいち、さっきはごめん。
あなたの気持ちをあたしは踏み潰した。
それは…本当にごめんなさい。
あたしは…あなたが一番。それはもう絶対変わらない。でも、やっぱりまなが必要なの。
この子がどんな答えを出したとしても、あたしは真正面から受け止めて、そんなまなをこの身に宿すわ。だって…まなが変な答え出すわけないもん。
(それを聞いて、まなみとしゅんくんは顔を見合わせてクス…と笑います。「ちょっと…変かもよ?」と答えるしゅんくん。)
…あらぁ…2人ともいつのまに仲直りしたの?
それなら、今夜はうちに泊まって、明日岡山いこ?
あたし、そこでまなの答えを聞くわ。ゆうさんや、みんなと一緒にね?
…うん!
【一息でいっちゃいました。ここだけは間を挟みたくなかったんです。
まなちゃんの答えは…最後みんなの前で。ひとまず、しゅんくんには納得してもらいました。たぶん、大丈夫だろうとは思いますよぉ…】
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