律子は旅行から戻ると、本格的に水泳を再開する為に毎朝走っていた。
僕は律子が戻ると必ずマッサージをして、筋肉に疲れを残さず、筋力をあげるツボを押さえて競技への復帰の後押しをしていた。
そんな時に律子から「…瞬一、岡山に行こ?あたしまなに会いに行きたい!電話で一言も大事だけど、それよりも会って話たいから…」といつものマッサージを終えて言われた。
僕は遂にその日が来たか…律子はもう大丈夫だと思うけど、これまで連絡を取らさない様にしていたから…まなみさんがどんな思いでいるのかどうか…突然会いに行った時のまなみさんの反応が心配だ…と思って返事を渋っていると
「あたし、知っているよ?瞬一が考えあって、あたしからまなを遠ざけてたの。
絡みすぎない様に離してくれていたんだよね?でも、今のあたしはもう違うから。
今度はまなにも、それを知ってもらって、2人でまた変わりたいの。」と僕を真っ直ぐ決意のこもった瞳で言ってくるので…
僕はため息一つついて、「やれやれ…仕方ないな…それじゃ僕もついて行くよ?」と言って律子の頭を撫でた。
「ありがと。じゃあ、ゆうさんに連絡しておくわ。」
「えっ?まなみさんにじゃあないの?」
「…まなはね…何となく今は話しにくいな…恥ずかしくて…ね?」と言う律子。
僕は何となく恥ずかしいだけではない、まなみさんに対する不安もあるような気もしたけど、真剣な律子の表情を見てそんな事は言えずに微笑んでいた。
ある日、僕は律子から電話がかかり驚いた。
「りっちゃん?りっちゃんかい?
久しぶりだね?元気していたみたいだね?とても声に張りがあって、イキイキして聞こえるよ!
あんな事があって苦しんでいるのは知っていたけど…
えっ?こっちに来るって?まなみに会いにかい?そうか…きっとまなみは喜ぶよ…
でも…どうして、僕に連絡をくれたんだい?いつもなら直接まなみに連絡するのに…
まぁ、いいよ?いろいろあったんだろう。
僕からまなみに伝えておくよ?」と話をして電話を切った。
僕はまなみのイヤな変化を律子に伝えて良いのかどうか、悩みながら話をしていたせいか、いつもより声のトーンが低く、話にも歯切れが悪かった。
まなみに対しては極めて普通に「今度の休みに律子が来るよ?」と話をすると…
まなみは僕の腕を掴み、揺さぶりながら矢継ぎ早に質問をして来た。
あの暗い感情のない瞳で子供のようにはしゃぎながら僕に微笑むまなみを見て、背筋が凍る思いがした。
するとその日から律子が来る日まで、まなみは僕を誘う事はなかった。
僕が誘ってしても、その瞳は僕を見つめているのに、僕を見ていなかった…まるでこれから来る律子を待ちわびているようで、早く律子に抱かれたい!そんなふうに感じて、まるで感情のない人形を抱いている感じがして…
それでも僕はまなみの中に芽生えた闇を祓う様に律子が来る日まで僕はまなみを抱いた。
だけど…まなみの闇を祓う事は出来なかった。
そして律子が来る当日。
まなみは朝からかなりテンションが高く、鼻歌交じりに準備をしていた。
律子が来るとすぐに抱きつき、纏わりつきながら、くっついて離れず玄関先で話をしていた。
律子に言われてようやく一緒に上がり、僕に笑顔でお辞儀した律子は一皮も二皮も剥かれ大人の綺麗な女性に変わっていて、息を飲んだ。
律子が玄関を上がったふとした拍子によろめきしゅんくんが手を伸ばした時「…大丈夫です…」
としゅんくんの手から離す様に律子を抱くまなみ。
しかもあの暗く冷たい瞳でしゅんくんを睨み付ける様にして…
しゅんくんの表情が強ばるのが解る。
まなみは一瞥する様に目を瞑り、再び律子を見る瞳は恋する少女の様に耀かせながら「ほら、りっちゃん!お茶しようよ?りっちゃんの好きなお菓子、用意してあるからさ?子供たちも待っているよ?
お話、ゆっくりでいいから聞かせて…」と話するまなみ。
もう一度手を伸ばそうとするしゅんくんの手を取り、ゆっくり頭をふり話があるから外にと目配せして、出ようとすると「なに、裕介さん。散歩がてら買い物?あまり遅くなっちゃダメよ?」といつもなら着いたばかりなのに…と言うのにしゅんくんの名前さえ呼ばずに送り出そうとするまなみに僕は『まさか、まなみはしゅんくんに対して、敵意を持っている?
律子の旦那になる人だからか?イヤ…それはもう随分前にわかっている筈。
それならどうして?考えるとしたら帰って来た律子の変化だけど…まなみの変化と何か関係あるのか?』とまなみがあの暗く冷たい瞳でしゅんくんを見ていた事を思い出して、しゅんくんに早く話を聞かなきゃと思った。
僕らが出ようとすると「しゅ…瞬一?ごめんね、着いたばっかりで。
ちょ、ちょっとゆうさんと…お願いできるかな?」と律子もまたまなみの瞳の色に戸惑いの表情を見せて言った。
「だ、大丈夫だよ?律子。あ、あぁわかった。」としゅんくんも戸惑いながら言って僕と家を後にした。
僕はとりあえず人のいない場所に活きたくて、少し離れた公園にしゅんくんを連れて行った。
まさかその公園の東屋でしゅんくんとまなみが関係を持っていたとは知らずにその東屋に入り「星野くん…もうまなみがおかしいのに気づいていると思うが、あの事件の後、りつ…りっちゃんと旅行に行って何かあったのか?
何か随分りつ、りっちゃんが大人びた感じを受けたから…それに星野くんも随分大人びた感じがしているし…
まなみの様子が2人が旅行に出たばかりの時よりも最近になってからおかしくなった感じがするから…」と僕は律子って言いそうになりながら、まさかしゅんくんの前で律子って呼べる訳もなく、それにまなみの対応に申し訳ない気持ちもあって、言葉を選ぶ様に言いずらそうにしながらしゅんくんに旅行先で律子に何かあったのか聞いてみた。
しゅんくんはしばらく考えて、僕に律子が旅行に行く前がどんな状態だったのか、まなみさんを守るためだったとしてもあの日律子が取った行動で昔の忘れていた筈のトラウマを思い起こして。
律子は酷い状態に陥って…笑顔だけしかみせなくなった事、裕介さんには悪いけど、まなみさんの事…本当に理解している?と言われて、僕は一瞬ムカッ!ときたが、今のまなみの姿を目の当たりにすると、そう言われても仕方ない気がして…パッと上げた顔を下にして俯いてしまった。
するとしゅんくんに胸ぐらを掴まれ「裕介さん!しっかりしろよ!あんた!まなみさんを守るんじゃないのか!
僕は律子をこの先何があっても守り抜くと決めた。
例え相手が誰であろうと、今の律子に危害を加えようとする相手ならまなみさんでさえ容赦しない!」と言い切った。
そこへメールの着信音が響いた。
「まながおかしい。
ゆうさんに心当たりないか、聞いてみてください。」と律子からあり、「裕介さん。心当たりありますか?」としゅんくんが画面を見せて言った。
僕はメールを読んで「…あぁ、ある。星野くんたちが旅行に出た当初は、不安なりにまだまなみらしさが残っていたが…りっちゃんから連絡が来ないとなってからかかな?様子がおかしくなったのは…」と言った。
まさかしゅんくん相手に夜の営みの事まで言えず、変に誤魔化して言った。
【ごめん、お待たせしました。
なかなか上手く書けずに悩みながら書いてたらすっかり遅くなりました。】
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