(まなみが律子を想うたびに黒く暗く染まっていくとは露知らず、律子はしゅんくんと自分を取り戻す旅を続けます。これまで我慢してきたためか、夜になる度に律子は甘く、激しく求められ、これに応えます。肌を重ねて胎内にまで満たされる度にどんどん「組み立てられていく」律子。
なくしたものを次々と取り戻し、そこから新しく生まれ変わっていきます)
…ここで…また会えたんだよね?あたしたち。
偶然…だったのかなぁ?
(絡まれていた律子が助けられた札幌の街。そして小樽の公園…丘の上のあの東屋で夜景を眺める律子は瞳穏やかに遠くを見ていました。そして…)
…あたし…やっぱり水泳…辞めるわ。
あなたとこうして一緒に旅して、触れ合って、穏やかな毎日を知っちゃうと…もっと穏やかにって望んちゃうの…
(そう言いながらしゅんくんをまっすぐ見つめる律子の瞳に足らないもの…それは闘争心。
事件の前の穏やかに燃える、あの心だけが戻らずにいて。それは2人ともわかっていました。)
結婚して…子供できてね?
2人で夕飯の支度しながら「おとうさんまだかな?」って待つの。素敵だなぁって…
(律子のゆるがない想いを感じ取ったか、しゅんくんは静かに抱きしめます。いいの?と聞かれて黙って頷く律子。それを律子が選ぶなら…としゅんくんは優しく受け入れてくれました。
そこからの律子はそれ以上の変化はなく、旅は進みます。急速に伸びる律子の枝はまなみとの絡みつきから離れていきます。)
楽しかったなぁ…今夜でもうおしまいか…
来るまでのあたしとは全く別人になった気分。
しゅんいち…ありがとね?
…あら、電話?誰だろ…っ!ジョディ?どうしたの?
(ゆったりと最後の夜を過ごしている時、鳴る携帯。出た律子は懐かしい声を聞きます。留学時に競いあったライバルのジョディ。どうやら大会で日本に来ているようです。嬉しそうに声をあげる律子。その耳元から溢れるくらいの元気な声が聞こえます)
「りつこ、いまどこにいるの?」
いまね、フィアンセと旅行してるの。ジョディはどうして?
「アタシは日本で大会があるから来たの。りつこがエントリーしてないのが残念!」
…あ、あのね?ジョディ…?
(流暢な英語で会話しています。明るかった話し声が穏やかに…そして言葉につまり、唐突に怒鳴るような大声になり、電話は切れます。
その後は俯いて携帯を握りしめたままの律子が残されました)
…ジョディにね?水泳辞めるって言ったの。
それをあなたが選ぶなら、って…でも怒られた。
オーストラリアでつかなかった決着はどうするんだって…白黒はっきりつくまでアタシ達は泳ぎ続けるって、約束…破るのかってね…
(震える手の上に落ちる涙。しゅんくんはその手を握ります。顔をあげた律子の目を見て、しゅんくんは息を呑みます。涙に濡れながら紅くゆらゆらと揺らめく炎のような…惑う瞳…)
泳ぐのを辞めるならそれでもいい。
でもアタシは…アタシは…それなら先に行って待ってるから!あなたは必ずまたアタシの隣に並ぶ!だからそれまで先頭は譲らずにいるからって…
(涙を拭って見つめ直す律子。ゆらゆらとした炎は、さらに燃えるように…)
もういいって…辞めようって決めたのに…
あなたの側に離れずずっといようって決めたのに…
とまらないよ…
胸の奥の…熱いのがこみあげるのが…とまらなくて仕方ないんだ…
どうしよう…どうしよう!熱いよ!ここが!熱くてしかたないの!
(しゅんくんの手を胸の間にあてて、ぎゅっと押し込みます。残った最後の1ピース、闘争心。それがどんどん形を成していき始めます)
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