僕は早速フェリーの予約をして、律子ちゃんの気が変わらないうちに次の週にはフェリーに乗船していた。
本音を言えば、今の律子ちゃんからまなみさんから少しでも身も心も離したかったのだ。
この日、律子ちゃんは最近にしては珍しくロングスカートを履いて、ストールを肩にかけていた。
夜になってフェリーのデッキで暗い海を眺めていると「ねぇ、瞬一…夜の海って怖いくらい綺麗だね?空と海の境がわからないのに…月明かりだけがさ、こう。スーって…わたしたちに向かって伸びてくるの…」って微笑む律子ちゃんは体調が悪くなってから確実に痩せていて、その姿はまるで別人だった。
少し前なら周囲の人から「もしかして、あの娘、竹田律子?」って言われていたけど、今は誰も気づくことはなかった。
前みたいに気を使うことはなくなったけど…でも何となく寂しい気持ちにもなった。
しばらく夜の海を眺めてたら「…冷えてきたね?中…戻ろうか?」「そうだね?身体冷やすのは良くないからね?」「船選んで正解だったね?ゆっくりゆっくり…わたし、今までずっと忙しく飛び回っていたから、こういうの、凄く新鮮…」「それなら良かった…たまにはゆっくり移動するのも良いだろ?」と話ながら僕は律子ちゃんの手を取り肩を抱いて船内に戻った。
しかし律子ちゃんの仕草ひとつひとつが穏やかすぎて…何か不用意に触ると壊れそうな綺麗だけど脆く儚い美しさに目を惹かれる男もいるだろう…
だけど、僕はこの事件前の律子ちゃんが好き。
今の中身のない空っぽな律子ちゃんを元に戻したいと思って札幌行きを決断したけど…
そう思いながら部屋に戻ると「あたしね?最近考えるの…
もうこのまま…戻らなくても良いのかなぁって…
あなたのための…あなただけの…あなたの妻になろうかなぁって…ね…
またそれなりに泳げる様になったら、近くのスイミングで子供たちを教えて…瞬一のお仕事の帰りをお家で待って…そんな幸せもありだよね?」とゆったりと僕にもたれかかって話す律子ちゃん。
そうなれば、確かに嬉しいけれど…今の状態の律子ちゃんからはそんな言葉は聞きたくなかった。
だけどどんな言葉をかけて良いのか、悩みながら律子ちゃんのか細い身体を優しく抱きしめた。
そしてゆっくりと覚悟を決めた様に「律子ちゃん…そんな生活も確かに良いけど、お母さんと交わした約束はどうする?
今はちょっと色んなことがあって休んでいるだけだろ?
そんな生活は律子ちゃんが思い切り泳いで、やり残した事がなくなってからする生活だろ?
僕はずっと君の側にいる。何があっても離れない。
律子ちゃんも、もう原因はわかっているだろ?まなみさんが原因だってことを…
もう一度ちゃんと向かい合おう、今度は1人じゃない。僕がついている。
一度は克服したんだろ?今度もきっと克服できるよ!
律子ちゃんにとってまなみさんは凄く大切な相手ということはわかっている上で言う。
あの時、札幌に来た理由をもう一度思い出して!
あの時は裕介さんがいたけど、今度は僕がいる。それとも律子ちゃんは僕じゃ役不足とでも言うつもりかい?
自分の信じた道を進むって極めたんだろ?あの日に…
いつまでもまなみさんの騎士(ナイト)でいなくて良いんだよ?
身を投げ出して守る必要はない。今は戻しまなみさんには裕介さんがいるのだから…」と言った。
別にまなみさんと別れろとは思ってもいないが、もう少しまなみさんへの依存を減らして欲しいと思って言った。
【まなみさん、お待たせしました。】
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