私共は70代後半ですが、典子さん時代の履歴書も、今では考えられない、封建的な、世界に類のないものでしたね。
全ての家族関係を書かされていましたからね。お母さんまでもがね。辛かったでしょうね。
それにしても最悪の会社に就職されてしまい、運命としか言いようがないですね。噂では女を抱かせてくれる旅館があるとは聞いていましたが、その様な恐ろしい旅館も実際に存在していたのですね。
「口惜しさが、喘ぎ声に」貴女だけではない女のさがですね。苦しい苦しい中の少しの救いかも?
まだ、男性経験も殆どないうら若き25歳の娘、貴女が拉致された当日から、貴女を屈服させる為のあらゆる責めと道具、三か月の監禁生活中、縄を解き放たれる時は、辛うじて、客の男達の精液を注がれる時だけだったのではないかと想像いたします
排泄(常に浣腸では)も入浴も食事(餌だったかも)も縛られた、男の物が入ってない時は、二本のディルドーで塞がれ・・嫌でも「喘ぎ声ごえ」漏れる様に、なりますよ。
そして、40年経った今も、予想通り、役員夫婦の娘との関係が進行中なのですね。
そうですね、貴女の思っておられる様に、「その様な運命」だと思います。貴女だけででなく全ての人は、なにがしかの運命に引きずられて生きている様に、思います。
お忙しい中、又お話しお聞かせ下さい。
※元投稿はこちら >>