「お客様、少しお時間を頂けますでしょうか?」
私に声をかけてきたのは、店長だった。
元喫茶店だった名残で置かれたテーブル席に座らされ、店長が自らコーヒーを出してくれた。
(もしかして、睡眠薬入りか?)
ドラマに有りがちな展開を予想して、私は口をつけなかった。
表の看板をcloseに裏返して、最後の客が帰った後、静まり返った店内のカーテンを、店長が閉めて行った。
(どうしよう)
と思っていると、彼が自分のコーヒーを淹れてきて、私のカップに残ったコーヒーを見て、
「コーヒーはお嫌いでしたか?」
と聞かれた。
よく考えたら、カフェイン入りなんだから、コーヒーに睡眠薬を仕込むなんて、不合理だと思うけど、地雷を踏んだと思った私はテンパっていた。
彼は、一口飲んで私に、
「ご覧になったんですね?」
と聞いてきた。
(いきなり確信か?)
と思い、
「手首の件ですよね?」
と言ったら、彼の表情が変わった。
「すいません、この事は、ご内密にお願いします」
と言って店長は、頭を下げた。
「縛りました?」
と低姿勢の店長に突っ込みを入れた。
「いや、」
と言った後、彼は何も言えなくなった。
「?」
全然、展開が読めずにいたので、
「説明して下さい」
と詰め寄ったら、彼は奥に彼女を呼びに行き、二人で事情を話始めた。
事の始まりは、お客が持ち込んだ古着で、中にSMで使う衣装やグッズが紛れ込んでいたらしい。
二人とも興味があったらしく、こっそり「SMごっこ」を店内で楽しんでいたそうだ。
私は「早とちり」したんだと気づいて、
「ごめんなさい、邪魔しちゃったみたいですね」
「大丈夫です。この事は、誰にも言いませんから、安心してください」
と言ったら、二人とも安心した表情になった。
「でも、SMグッズを持ち込むお客っているんですね」
と言って、周りを見渡しても、それらしい物は見当たらなかった。
「買い取ったんですよね?」
と聞いたら、
「さすがに店には出せなくて、保管してます」
と言った。
(上手く行けば、安く中古のSMグッズが買えるかも)
と思った私は、
「在庫ってありますか?」
と聞いてみた。
「興味ありますか?」
と店長が聞いて来たので、
「はい。私も趣味でSMしてますから」
と正直に話したら、二人とも私の話に食いついてきた。
M男くんを調教した武勇伝は、どんどん湧いてきて、口から駄々漏れになって行った。
(マズイ)
と気づいた頃には、引っ込みがつかないところまで話していた。
すっかり話し込んで打ち解けた頃、店長が店の裏手にある倉庫に案内してくれた。
そこには山積みにされた段ボール箱が積まれていて、売り物と廃棄処分にする物が仕分けされていた。
廃棄処分する服は「タダでくれる」と言うので、使えそうな服を必死に漁っていたら、二人が私を呼んで、
「この一角が、SMに使えそうなものです」
と言って、箱を開けてくれた。
さすがに年季の入った品物ばかりで、骨董品が多かった。
中古品だけに、傷みが多い物や、壊れている物ばかりで、私が期待していた「掘り出し物」は見つからなかった。
(ガッカリ)
とは言え、SMに興味がある二人と出会えたのは収穫だった。
「お二人は結婚してるんですか?」
と聞いたら、慌てて否定した。
でも、何となく(お似合い)だったから、二人をくっつけたいと思った。
「また来て良いですか?」
と聞いたら、
「歓迎します」
と言われた。
つづく
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