うだつの上がらない人生を歩んできた。齢四十にして、出世したわけでもなければ、生涯を共にしようとする人ももういない。つまらない、くだらない、惰性で命を繋いでいるような毎日だった。そんな典型的な負け組に位置づけられる男に、最近楽しみができた。マッチングアプリ特定の条件下、あるいは互いの趣味嗜好、希望などが合致すればコミュニケーションが取れるようなツールだ。一時期は出会い系だの危険だのと色々と揶揄されてはいたが…昨今は結婚相手と知り合ったのはこのアプリでした、なんてのももう当たり前の時代になってきている。自分の都合の良い程度に匿名性が許されることで、表では大凡口にできない本音、本能的な物を曝け出しているプロフィールが散見される。こういうところの方が真なる人間性、欲望のそれが見られ、眺めているだけでも楽しめそうだ。とはいえ、男もそれだけで満足するほど枯れているわけではなかった。若い頃から性欲は人並み以上…、40を過ぎた今もそれはほとんど変わらない。適当に相手を見つけては互いに都合の良い関係を楽しみ、一時の欲を満たしあう。それはそれで良いストレス発散、欲求解消になっていた。そんなある日、仕事を終え帰宅し、後は寝るだけの状態というところまで来ている時間帯。いつものようにアプリで次の相手を物色していた。「みんな似たような感じだな…。積極的にメッセージを送ってくるのはだいたいサクラか…。おっと思わせてくれるような、面白い子はいないものかね…。」機械的にスマホの画面を指先がスクロールし続ける。自動更新で延々と対象が現れる中、そこそこに利用すれば登録者の本質のようなものも見えてきていたのかもしれない。確かに楽しませてもらっていた…、いや、今も楽しんでいる…。しかしどこか飽きが着ていたのかもしれない。「そろそろこのアプリも潮時か…。」そんな言葉を呟いた矢先…「ん…?」ひとつのプロフィールに目が留まる。「精飲…?あぁ…ごっくんしたいってことか…。フェラ好きってことか…?いや、だったらそう書くよな…。ってことは…?精子…精液が好き…ってことなのか…?それとも飲まされる行為自体に興奮する…とか…?」延々スルーし続けたありきたりなプロフィールたちから一転。そこで手が止まれば、いろいろと考える男。「やっぱり…精子が好きなんだ…この子は…。」開いたプロフィール詳細から、よりイメージが具体的になる。特定の男でどうこう、ということではない、ただただ精子を味わいたいのだと。「しかし変わった子だな…。先んじて、一人に決めるつもりはないって言いきるなんて…。別にわざわざ言わなくてもいいのに…。それだけのこだわりってことか…、面白いじゃないか…。」独占欲が強い方ではない、とはいえ、聞こえ方によっては誰でもいいから飲ませてくれ、と言っているようにも聞こえる、そんなプロフィール。現段階でこれは…、という程魅力的に見えたわけではなかった。実際やり取りをしてみないとわからないことも多いのも事実。とはいえ、普通に卑猥な行為を楽しむだけにそろそろ飽きも見えてきていた男は、なんとなく「いいね」ボタンを押した。特別誘うようなメッセージを送るわけでもない。
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「っと…。」男にとって、スマホにポップアップ表示があるのはもはやLINEかこのアプリくらいのモノ。そしてそのLINEもよほど緊急な用事がない限りはほとんどなることもない。あっても会社の人間が業務の確認で連絡してくる程度の事。もちろん数往復もすれば音沙汰はなくなる。故に、不意打ち気味のポップアップ。通知音は男を驚かせるには十分なのだ。そしてこの日は特に、まだ誰にもメッセージなど送ってもいない。少し前に気になるプロフィールにいいねを押したくらいのモノ。メッセージ通知が来る理由などなかったのだ。基本的に連絡は男がめぼしい女性を見繕ってアプローチ。それを受け取った女性が、選択するかしないかの世界線。女性からのメッセージは基本サクラと相場は決まっているのだ。いつもならスルー。見向きもしないのだが、今夜は違う。相手がいいねをした例の女の子からだったのだ。それも、サクラ特有に一言、二言メッセージなどではなく、しっかりと相手のプロフィールを見てからでないと送れないような内容。年齢やプロフィールの信憑性はともかく、少なくともサクラではないのだろう。男はそう思い、内容にもう一度目を通す。「やっぱり…精子が飲みたいんだな…この子は…。18歳…という年齢が事実なら、親子ほどの年の差もあるというのに…。」不審に思っているわけではないが、やはり疑問は先行する。しかし既に男の中では、魅力的…まで行かなくとも気にはなっているところまで来ていた。幸いというべきか、コミュニケーションは問題なさそうだと言う事に少し安堵しながら、せっかくなら少し絡んでみるか…程度に思い直して。『メッセージありがとう。まさか送ってきてくれるとは思っていなかったからさすがに驚いたよ。うだつの上がらない会社員ってやつさ。営業職だよ、あまり利益の出ない得意先ばかりを担当させられていてね。いつきちゃん、って言うんだね…。クリエイティブな仕事にはとんと縁がなくてね、若いのに立派じゃないか。頑張ってね。』別に上からモノを言う気はない。しかし18歳という年齢が、それとなく娘と話している感覚を思わせ、俺みたいにはなるなよ、感が出てしまっている。『そのまま読んでくれていいよ。名前が「えいすけ」なんだ。』HNをA助としていた男は、わざわざ説明することに少し恥ずかしさを感じながらも「まぁ確かに、話すならなんて呼べばいいか、は重要だよな。貴方とか、君とか、おじさん…とか、なんかあれだろうし…。」そこそこの自己紹介も終えたところで、本題というべき問いかけに答えることに。『精飲…。あ、あぁ…もちろんあるよ…。ただ、そう言う表現をしたことはないからね…。君が、いつきちゃんがイメージしている行為と全く同じかどうかは…まだちょっと自信ないけど…。口内射精…。いわゆるごっくん、と言う事…なんだよね…?そう言う事ならもちろん、構わない…と思っているんだけどね…。』煮え切らない返事。だが、気持ちが煮え切らないわけではないのだ。掴み切れていないからノリきれない、という方が近いのかもしれない。「コップから飲む…とか言ってるしな…。」『フェラをしたい、のとはまた別なんだろ…?』
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